十人十色2014年12月

 

  山多き昔の四股名草相撲★竹内 郁雄  

 小学一年生、二年生の頃の私の好きな力士は双葉山や男女川であった。確かに昔の相撲取りの四股名は山や川がついているのが多かった。草相撲を楽しんでいる子供達や若者達を見ていて、昔の四股名に山の名の横綱や大関などがあったことを思い出したのである。もしかしたら草相撲を楽しんでいる若者達も、四股名を自分でつけている人がいるのかもしれない。それが今風の四股名で、山や川をつけている人が殆どいないのである。草相撲を見ながら、昔の力士の名前を思い出している所が佳い。草相撲を楽しんでいる様子が見えてくる。小学校や中学校でもっと相撲が盛んになることを私は願っている。

 

  縦書きの夜長と横書きの夜長★山本 順子  

 夜長に縦書きと横書きがあるとは、若者らしい奇抜な発想である。かつての私の同僚でドイツの法律に詳しい人が、横飯より縦飯が食べたいと言ったことがあり、私はとまどった。意味は洋食より和食だとすぐ分ったが、なる程と思ったことがある。さてこの句で縦書きの夜長とは、縦書きの普通の本を読んだり、和風の音楽を聞いたり、夜食も和風のものを食べるような夜長と言えるであろう。一方横書きの夜長には、英、仏、独などの外国語の本や、日本語でも理数系の本のように横書きの書を読んで楽しんだり、ショパンのセレナードなど洋楽を聞いたり、西洋風の菓子を食べながらコーフィーなどを飲んでいるのであろう。この句の意味は何であろうかと謎謎を解きながら、夜長を楽しめるような面白さがある。

 

  ドロミテの小さき村や黄藤咲き★大橋 昌子  

 ドロミテはイタリア北東部にある山地である。東アルプス山脈の一部である。ヴェニスの北西一四五キロメートルにあるボルツァーノという古都から出発して、ドロミテ山中に入れる。南東に向うと深い渓谷に入り、更に行くと美しいファッサ渓谷に着く。ボルツァーノにはケーブルカーもある。東アルプスの山々は石灰岩で作られ景観が素晴らしい。ドロミテ山中を南北に抜ける街沿いの街にコルティナ・ダンペッツォなどがあり、食べ物も美味しい。この句の小さな村もこのような街道沿いの一村であろう。黄藤は槐の花であると思う。黄白色の蝶形の花が美しい。この句の静かな写生が佳い。

 

  津波禍の玄関軒に燕の巣★武藤スエ子  

 二〇一一年三月十一日の東日本大震災・大津波の津波の被害を受けた海岸を訪ねたのであろう。かろうじて玄関とその廻りだけが残った家がある。そのような家の軒ではあるが、燕たちは今年も忘れずこの集落のこの家の軒に巣を作り、子燕を育てているのである。その燕の巣を見つけて、ほっとした気持ちがこの句から感じられる。天災にもめげず燕たちは、小動物たちは、そして草木は、春が来れば帰って来て巣を作り子を育てる。花を咲かせる。自然は時に地震や津波のような恐しい力を見せるが、一方春夏秋冬の美しい楽しい面を持って人々に生きる楽しみを与えてくれる。元気よく生きてゆこうと励ましてくれるのである。

 

  殷殷と編鐘の音や銀河澄む★阿部  旭  

 編鐘は中国古代の打楽器の一つである。音律の異なる鐘は大きいものから小さいのに順に並べられている。鐘の数はきまっていない。私が見たのは十四の鐘が吊り下げられていて、その一つ一つが少しづつ違う高さの音を発していた。この句の編鐘も打つと殷殷と美しい音を立てるのであった。その音が響く中で、天には銀河が澄んで輝いていたのである。銀河の光の下で、編鐘が奏でる音楽の美しい響きが聞こえるようである。編鐘は中国のみでなく韓国の雅楽でも用いられた。編鐘から響く音楽が古代のもののようであり、銀河と響き合う所が佳い。

 

  サフランや路地どこまでも白い壁★安藤小夜子 

 サフランが咲いていて、白い壁の家が続く路地となれば、スペインか、ポルトガルの街であろう。サフランは南ヨーロッパ原産である。サフランは十月頃、うす紫色の六弁の花を開く。サフランの咲く頃は南ヨーロッパは明るい快適な日々である。白壁の家々はどの季節でも明るいが、空気の澄む秋が一番美しいと思う。サフランが咲いている路地をどこまでも歩くことで、異国を旅する気持ちが一層楽しくなってくる。南ヨーロッパを旅する素晴らしさを描いている句である。

 

  夕星のしろがね匂ふ風の盆★杉野 知子  

 風の盆はロマンティックであり、風情がある。一晩中踊り廻り、路地から路地を歩き廻る。俳句の素材として、風の盆は人気があり、多くの俳句が作られる。それだけに風の盆で新しい句を作るのは、なかなか困難である。月並な句になり勝であるからである。この句は夕星に着目したところが佳い。空気がよく澄んだ空に、夕星が銀色に輝く頃、風の盆の踊りが盛り上る。夕星と風の盆の組合せでこの句は成功したのである。「夕星のしろがね匂ふ」という表現も、夜に入ろうとする頃の風の盆の雰囲気をよく描いている。


  菱の実食む蘇堤はるかに艪の軋み★石尾眞智子
  
 菱の実は生でも食べられるが、茹でたり蒸したりして食べる。日本でもたまに食べることがあるが、中国、特に江南の地方ではよく食べる。この句の蘇堤は中国淅江省の杭州市の西にある西湖の中にある堤である。西湖には蘇堤と白堤がある。「赤壁賦」を作った詩人蘇軾は蘇東坡としてよく知られているが、北宋の政治家である。王安石に反対して左遷されたり、度々政争に巻き込まれ、地方官として過すことが多かった。杭州長官となったとき西湖に堤を作った。それが蘇堤である。ちなみに白堤は唐の詩人白居易、即ち白楽天が作ったものである。遠く艪の軋みが聞える中で、蘇堤に佇みつつ菱の実を食べる姿は風流である。

 

  蟷螂の神は蟷螂野はしづか★高安 春蘭  

 人間が普通想像する神や仏は人間の姿のものが多い。風や雷の神は鬼のように角を生やしたり顔が赤かったり青かったりするがやはり人間の姿で描かれる。勿論熊の形や狼の神もいる。でも蟻の神や蟷螂の神はあまり考えない。ところがアイヌ人は、動物や植物、雨、風等々に、それぞれの神を考える。それがカムイである。アイヌのカムイについての伝説を読み、私は鳥には鳥のカムイがいるという見方に興味を持ったが、その姿までは想像しなかった。この句の面白さは蟷螂の神は蟷螂の姿をして野原を飛んでいると言ったところである。カムイ達が一層親しく身近になったように感じた。

 

  亡弟の子守せし日や日日草★田沼 美雄  

 九三歳になった美雄さんが日日草を見ながら、若い日を回想している句である。親しかった弟も先に亡くなってしまった。その弟がまだ幼かった頃、特に夏休みなどの際に、よく子守をしてやったものであった。その子守をしてやった夏休みも半ば過ぎ秋が近づく頃に、日日草が咲いていたのである。回想はどうしても観念的になり易いが、この句では日日草という客観的なものを描くことにより、懐かしいとか悲しいというような主観的な言葉を用いずに、深い感慨を言外に表していることが佳い。美雄さんますますお元気で俳句をどんどんお作り下さい。