鞆の浦夕日を透す干鱵★原  道代 

 鞆の浦は広島県福山市南部の瀬戸内海に面した海岸である。弁天島や仙酔島など幾つかの島々が浮んでいて風光明媚の地としてよく知られている。その浦には漁港もあり春になるとがとれる。美しい鞆の浦の夕方の光に干鱵が透けて見えるのである。そもそも鱵は細魚とか針魚とも書かれ細長く、青緑色で美しい。夕日が透き通らんばかりに射す中に干されている鱵の姿は、より一層美しいものであろう。鞆の浦に夕日が射すという大景を先ず描き、その夕日に透き通らんばかりに干されている鱵に焦点を移したところが佳い。  

   山幾重越えし瀬音や網代杭★小野 恭子 

  網代杭は網代木とも言われ、網代に用いる杭である。
  「あさぼらけ 宇治の川霧たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 藤原定頼(千載和歌集)」は百人一首にも撰ばれている。この歌の宇治川や滋賀県の田上川の網代が古来よりよく知られている。網代が作られている川は、幾つもの山や谷を越えて来て、所々で高々と瀬音を立てている。その瀬に杭が打たれ網代が置かれているのである。山の彼方から流れてきた川が高々と響く瀬音の中に、網代木が力強く立っている光景が美しい。

   ひと声の高みの鴉初蹴鞠★村木 和子  

正月四日には京都の下鴨神社で初蹴鞠が行われる。香川県の金刀比羅宮など、蹴鞠場を持っている神社があるから、そのような神社でも初蹴鞠が行われているのかもしれない。観客が何時初蹴鞠が始まるのかと緊張した気持で待っていると、突然高い所を飛んでいた鴉が一声大きく鳴いたのを合図に始まったのである。鴉の一声は偶然であったのであろうが、いかにも初蹴鞠らしくめでたい光景である。初蹴鞠に鴉の一声を合せたところが面白い。

   冱つる夜の胡獱の吼えたる荒磯海★澁谷 さと

 胡獱(トド)の雄は体長約三・三メートル、雌はそれより五十センチメートル程小さい。北海道や青森の海岸で見られる。トドとはアイヌ語から。胡獱はよく上陸して休息する。そして天に向って首を伸ばすようにして吼える。私は小樽で胡獱の鳴き声を聞くのを楽しみにしている。この句の胡獱は凍りつくような寒い夜に、岩石が多く荒波の打ち寄せる海岸で吼えているのである。この句は厳しく凍てる夜、荒磯海で吼える胡獱を描いて、どんな厳しい自然でも受け入れ、莞爾として生きて行く生命の尊厳さを佳く描いている。読者にも生きる勇気を与えてくれる句である。

   われのみに齢寄せくる余寒かな★和田とし子  

  和田とし子さんは九十二歳になられる。年を越しても若い人たちは、年齢が増したように見えないが、九十を越えてみると自分だけに齢が寄せてくるように思えてくるのである。そして立春後の余寒は特に厳しく感じるのである。そう感じながらもまだまだ御元気で齢の寄せくるのを楽しんでいる様子が見える。人生百年の時代、とし子さんまだ十年は大丈夫。どんどん佳い句をお作り下さい。私も今年九月で八十八歳、もう一頑張りしようと思っています。お互いに頑張りましょう。   

  蕗のたう森閑として寂光土★安岡 洋子

 寂光土は常寂光土のことで、仏陀が住む浄土である。そこは永遠で迷いもなく、智慧の光が満ちているところという。早春の物音一つしない静かさの中に蕗の薹が顔を出したのである。その花茎は萌黄色で美しく、外側は赤紫色の葉で幾重にも包まれている。いかにも迷いのない姿である。その蕗の薹の静かに生えている姿から、寂光土のような浄土を思い浮べたところが佳い。早春のやわらかい暖かい日の光にも寂光土の感じがある。

   暖炉燃ゆなほさら紅きロシアンティー★寺川 美知 

  ロシアの紅茶にはジャムやラム酒が入っている。冬の寒さの厳しい地方の人々の知恵が生み出した紅茶である。紅茶自体が紅い上に、ジャムの色で一層紅色が強くなる。その上冬の夕べ暖炉が盛んに燃えている部屋で食事をしながら、ロシアンティーを飲むことが多い。暖炉の炎の色も加わってなおさらロシアンティーが紅く感じられるのである。一家団欒の光景か、友人と旅の一夜を楽しんでいるのか、いずれにせよ北国の晩餐の雰囲気が佳く描かれている。

   まんさくや初音小町の錻力店★妹尾 茂喜  

  東京上野公園の北東にある根岸は、明治時代正岡子規や中村不折が住んでいたところとして、我々俳人にも親しまれている。根岸のあたりは江戸時代初音の町と呼ばれるくらい、鶯が多かった。今でも金縷梅が咲いたりする静かな街である。また上野山を挟んだ反対側に初音小路という街がある。茂喜さんも子規庵辺りへと散策に出掛けたついでに谷中の方へ足を伸ばしたのである。そこで早春先駆けて咲くまんさくに見とれていると、鶯の初音の声が聞えたような気がしたのである。そういえばここは昔初音小路と言われたのだと思い出したときそこに錻力店が今でもあることを発見したのである。東京に今も残っている江戸や明治の面影を髣髴とよみがえらせるところが佳い。

   島唄や甘蔗刈り女は日矢の中★小松 澄子  

  沖縄では甘蔗刈りが一月下旬から五月にかけて行われる。季語としては一月下旬のものとしてよい。日本本土ではまだまだ寒い頃であるが、沖縄では暖かい日々が続き、日光も強さを増す。従って甘蔗刈りをしている女たちには日矢が降りそそぐようである。甘蔗刈りは女性にとってなかなか厳しい労働であるが、島唄を歌いながら働いている姿は溌剌としている。沖縄の明るい風光と、島唄を歌いながら甘蔗刈りをする女の姿が佳く描かれている。

   百余年蕎麦挽く水車春隣★森  宣子 

  木曽川、長良川、揖斐川と三大河が流れる岐阜県には、百年以上も動き続けている水車が、幾つも残っているのであろう。秋蕎麦は秋から初冬に刈り取り、ぼっちに掛けて干す。乾燥した蕎麦を挽いて製粉するのに、水車が使われているのである。そうして出来た蕎麦粉で蕎麦を打ったり、蕎麦掻きを作る。そのため水車が活躍するのは、もう春も間近の頃である。春も近くなり明るさを増した日の光を浴びながら、ゆっくりと蕎麦を挽く水車が、百年も動き続けている光景は、世の変遷にかかわりない人間の営みを表しているようである。