十人十色2014年11月

 

 船出する大船鉾や祭り笛★佐々  宙  

 今年の祇園会には何年振りかで大船鉾が復活した。この大船鉾を見ようと祇園会へ出掛けた人も多かったと思う。多くの山鉾が巡行するが、大船鉾は最後に廻った。何年振りかの船出であるから、大船鉾の船出の笛や太鼓はさぞ盛んであったろう。この句はその祭り笛に焦点を合わせている。にぎやかさが耳に響いて来るようである。大船鉾であるから特に船出するところに着目したことも佳い。船出という表現も適切である。祇園会は俳句の素材として極めて人気がある。今年は特にこの大船鉾が衆目を集めた。この句はその船出を詠って成功している。楽しく明るい勢いのある句である。

 

  エイボンに掛かる沙翁のハンモック★荒木 盛雄  

 エイボンはイングランドの南西部の州の名前であり、かつイングランドの中部を流れる川の名である。その川沿にストラトフォード・アポン・エイボンという街があり、シェークスピアの故郷である。この句はそのエイボン川の岸に掛っているハンモックを見た瞬間、これはシェークスピアのハンモックだと思ったところが面白い。ストラトフォードの街にはシェークスピアの生まれ育った家をはじめ、さまざまな縁の記念碑などがある。ハンモックが、シェークスピアの喜劇「真夏の夜の夢」や「ヴェニスの商人」などの明るい雰囲気を感じさせてくれるところが佳い。

 

  秋澄むや蒟蒻の透く御師料理★太田 幸子  

  「天為」では今年(二〇一四)の八月、青梅の奥の御岳で鍛錬会を行った。この山には御岳神社があり古来霊場として栄えた。その近くには御師の家が何軒もあり、信徒の宿にもなっている。幸子さんは遠路沖縄からこの鍛錬会に参加されたのである。その時我々の宿泊所兼句会場になったのも、由緒のある御師の宿であり、清潔で料理も美味しかった。その中に味も良く目にも美しい蒟蒻料理があった。この句はその蒟蒻料理の美しさを詠っている。と同時に透き通るような蒟蒻から、周囲に広がる澄み切った秋を感じさせるところが佳い。爽やかな秋の御師の宿の雰囲気が佳く描かれている。

 

  爽やかや小鳥の声も高くなる★西田 修造  

 猛暑もやっと治まり待ちに待った秋が来た。空気も実に爽やかに、涼しくなった。それを喜ぶのは人間だけでない。植物も獣も嬉しそうだ。庭に来る小鳥達も夏の頃に比べてずっと元気そうだし、声も高くなったのである。この句で、秋が来た喜びを鳥の声に焦点を当てて描いたところが佳い。小鳥の声が明るく朗らかに聞えてくる。それを小鳥が喜んで声を高くしていると見たところが佳い。爽やかになった喜びを小鳥のように小さい生物に語らせたところが効果的である。爽やかで明るい楽しい句である。

 

  滝の札所卒寿が登る二百段★堀口かつじ  

 この句の面白さは何と言っても卒寿が石段を二百段も登るところにある。それも夏の日、滝のそばにある札所である。滝のそばで涼しいとは言え二百段登るのは、まことに大変である。でも卒寿のかつじさんは登り切ったのである。壮年の人が二百段を登ったでは当り前である。面白くも可笑しくもない。しかし九十歳の人が滝の札所へ二百段登って、健康であることの御礼参りをしたとなれば、おめでたく読み手も愉快になる。現代の高年齢者の颯爽たる姿が佳い。かつじさん卒寿おめでとう御座居ます。一層の御健吟を祈ります。

 

  夏雲の仁王立ちして湧き上る★足立麗於奈  

 入道雲であろう。でも入道雲が湧き上るだけでは平凡である。勢いよく天高く登っていく夏雲を、「仁王立ちして」と言った所が面白い。入道雲でも勿論坊主頭の修行僧を思い出させるが、なんとなく軽く馬鹿にしたような感じがある。それを仁王と言えば逆に尊敬の念が出てくる。雲の湧き上り方が単にもくもく登るのではなく、勇猛に威厳を持って勢い良く登って来る様子が目に浮ぶ。仁王立ちと言ったことにより雲の登り方が重厚さを増す。同じ夏雲の湧き上り方も、その場合々々に入道雲と言った方が面白いこともあり、入道雲の方が俳句ではよく用いられるが、このように仁王立ちする雲と表現した方がより一層力強く感じられることもある。

 

  かの船は南航路よ海晩夏★小野 恭子  

 大きな船が南航路を取って遥か南の国に行くのである。海はもう一面晩夏である。常夏の国から北の方へ来ていた船が夏の終りと共に、また南の国へ帰って行くような感じがする。そのように南航路は晩夏にふさわしい。逆に北航路であれば秋風とか晩秋が合っているように思う。晩夏に航路を南に取る船に、そこはかとない詩情がある。この船が去って行くとともに夏が終りを告げることへの感慨がある。晩夏という季語が適切に働いていると思う。

 

  はしやぐ子に蚊帳の中なる異空間★井上 淳子  

 防虫剤が発達しぼうふらなどが育つ池が少なくなった。また冷房が整備され部屋が夏でも閉め切られ、蚊が室内に来ることがまれになり、蚊帳は殆ど使われなくなった。しかし現代でも山小屋などでは、夜は涼しいこともあり冷房を使わない。そのような場所では蚊帳が用いられる。都会に住む子にとってこの蚊帳は珍しく、遊び小屋のような気持ちになってはしゃぐのである。蚊帳の中は子ども達にとっては異空間だと表現したところが大変面白い。確かに子ども達は、宇宙船や、他の星へ行ったような気持ちになって、はしゃぐのである。まさに蚊帳は子ども達にとって異空間なのである。

 

  秋葉路の新たな鳥居広重忌★堀内 広江  

 広重は江戸末期の浮世絵師である。風景版画や花鳥画に秀でていた。広重の「東海道五十三次」は有名である。遠州では掛川、袋井、見附、浜松、舞阪、新居の宿が版画になっている。秋葉神社は浜松市春野町にあり火伏せの神として信仰されている。その秋葉神社へ行く路に新しい鳥居が建てられたのである。その鳥居を見ながら陰暦九月、丁度広重忌の頃だと思ったのである。広重が活躍していた頃この鳥居が建てられたら、どんな構図の版画を彫ったであろうかと想像するのも楽しい。秋葉路の秋という字も広重忌を思い出させる切っ掛けとなっているところが佳い。

 

  亡き兄の椅子に影ある晩夏かな★渡邉佐保子  

 親しくしていた兄さんが最近亡くなった。兄さんはこの椅子に腰掛けて夏には庭を見て楽しんでいたものであった。腰を掛ける主人公が亡くなって、椅子だけが影を落している。もう晩夏となり、秋も近い。兄さんが生きていれば、この椅子に腰掛けて逝く夏を惜しんだであろうと、椅子とその影を見ながら兄さんを懐かしんでいるのである。晩夏の頃はやっと猛暑が終った、やれやれという気持ちが強いが、一方力強い夏が去って行くことを惜しむ気持ちもある。ましてや兄さんを亡くしたことへの哀惜と重なった淋しさが、椅子の影に象徴されている。晩夏らしいしみじみとした気持ちの句である。