十人十色2017年12月

  


   秋深し斎場御嶽の浄め塩★垣花 東洲

斎場御嶽(せーふぁ・うたき)は沖縄県の那覇の南方、南城市にある。太平洋に面していて久高島が見える。久高島は琉球の最高の聖地である。この斎場御嶽は一五世紀~一六世紀の琉球王国尚真王時代の聖地である。せーふぁは最高位を意味している。三箇所に拝所があり、その一番奥の三庫理(さんぐーい)には、クバの木を伝って創世神アマミキヨが降臨すると言われている。周囲には美しい森林が拡がっている。その拝所などに浄め塩が積まれているのである。何時登っても美しい神々しい場所であるが、晩秋は特に静かである。その様子を浄め塩に焦点をあてて描いたところが佳い。純白な塩の美しさが晩秋らしさを佳く示している。

  本棚にブッセを読みし虫の声★中村 房女   

カール・ブッセと言えば誰でもただちに、「山のあなたの空遠く幸住むと人の言う」で始まる名詩を思い出すであろう。この詩は上田敏によって訳され「海潮音」に収められた。この名訳によってブッセのこの詩は生国ドイツ以上に、日本で人口に膾炙「カイシャ」している。房女さんもこの詩が大好きであり、「海潮音」も本棚に大切に並べられているのである。それを取り出しブッセの詩を読んでいると本棚から虫の声がしてきた。この虫もブッセの詩を読んで鳴き出したのではないかと想像したのである。その気持ちが「ブッセを読みし」と断定したところに表れている。ロマンのある俳句である。

  嫁入りは吉四六の里稲の花★望月 美住 

吉四六は吉右衛門のこと、この人が沢山のとんち話を残し、「吉四六話」として知られている。機知で庄屋や村人をやりこめる話である。江戸の初期の豊後国野津院の庄屋であった初代の廣田吉右衛門がモデルであると言われている。現在の大分県臼杵市野津地区のことである。美住さんが嫁入りした所はこの臼杵市であったのである。そこでは今でも吉四六話が語り継がれているであろう。臼杵は臼杵石仏で有名であり、切支丹大名大友氏が城主であった。農業も盛んで野菜や畜産も行われ、味噌 、 醤油、清酒の産地でもある。そのような土地であり水田には稲の花が一面に咲いている。吉四六の里と言ったところが面白い。

   裏木戸は武蔵野の端落し文★柴崎 万里子 

武蔵野の一角に万里子さんは住んでおられる。お宅の裏木戸から武蔵野が広がっているとはうらやましい。しかも落し文が裏木戸に落ちていたのである。その静かな佇まいが佳く描かれている。万里子さんは九十二歳になられた。俳句はますます抒情的で若々しい。この落し文の句もそうであるが、「天為」の昨年十月号には
   そぞろかな運河の国の夏至の夕
   オブジェの白いパプリカ白夜かな
と北欧旅吟を発表しておられる。運河の国とはオランダであろうが、白いパプリカと白夜のとり合せも抒情的である。ますますお元気で俳句を作って下さい。

   蟷螂にして恐竜の身の構へ★和田とし子 

かまきりは小さいけれど、よく見ると堂々としている。特に鎌を振り上げた姿は立派である。その様子から恐竜を思い出したところが、この句の面白さである。恐竜には三十五メートルを越すように大きなものから、鶏ぐらいのものまであったと言われる。二脚で歩行した肉食恐竜は鳥類の祖先と考えられている。それにしても蟷螂の身構えと恐竜を結びつけた想像力は、新鮮である。とし子さんは九十二歳でこのような若々しい想像力を持っておられる。ますます若々しい想像力で、面白い句をどんどん作って下さい。

   曽孫の花絵小皿に桃分つ★田島 伸枝 

曽孫さんが美しい花の絵を描いた小皿を作った。桃を幾つかに切り分け、その一部をこの花絵の小皿に乗せたのである。曽孫が小皿を陶土をこねて作り、それにうわぐすりをかけ、その上に花の絵を描いた後焼いて作った小皿である。その小皿の上にこれまた美しい桃の一片が置いてある。曽孫をいつくしむ曽祖母の様子が浮んでくる。伸枝さんも九十一歳で矍鑠としておられる。可愛いい曽孫さんに負けない元気さで、どんどん曽孫さんをモデルにした俳句を作って下さい。

  鳥渡るゲーテ称へし大聖堂★大下 亜由 

ゲーテ(一七四九年~一八三二年)はドイツのフランクフルトで生れ、ライプチヒとシュトラスブルクの大学で学んだ。出世作「若きウェルテルの悩み」はシュトラスブルクでの体験に基づいた小説で、二十五歳の時出版した。この句の大聖堂はどの街のものかは分らないが、私はシュトラスブルクのゴシック式大聖堂であろうと推測した。この大聖堂は、十三世紀から十五世紀にかけて創られ、百四十二メートルの尖塔を持った堂々たるものである。その大聖堂の上を鳥が渡って行ったのである。美しい旧市街の様子が髣髴と浮び上ってくる句である。

   秋祭鳳輦の牛京都より★植田 昭代

武蔵野の一角の秋祭であろうか、ともかく京都から離れた土地の秋祭であろう。その祭に昔々天皇が乗られた車を牛が引いて町中を巡るのが見物なのである。しかもこの牛はわざわざ京都から連れて来たところが、鳳輦を大切にしている氏子たちの気持ちをよく示している。鳳輦といい、牛といい京の祭そのものが、この土地へ移って来たように思える。美しい祭の様子が京都よりの牛であることに焦点を当てて描いたところが佳い。

  列島の黒潮ゆたか秋刀魚群来★舛岡 利枝

黒潮は台湾の東側、南西諸島の西側を経て、本州の南岸を流れ、千葉県銚子の犬吠埼の沖合いから陸を離れて東へ向う。太平洋中最大の海流である。日本海流とも呼ばれる。神奈川県あたりの沖もこの黒潮が流れている。一方秋刀魚は晩夏に、千島列島や北海道の方から南下して、秋には千葉県沿岸に来る。そこから更に九州にかけて沿岸を回遊する。群来と言えば鰊群来がよく知られているが、一般に産卵のため 沿岸へ押し寄せる魚群のことで、秋刀魚群来もその一例である。沖を流れるゆたかな黒潮、海岸近くへは秋刀魚の群、十月頃の千葉、神奈川あたりの海岸の光景が佳く描かれている。

   月山の講の鈴音や雁渡し★鹿野  尚

月山は出羽三山の一つであり、頂上に月山神社がある。祭神は月山らしく月読命である。雁渡しが吹く頃にその月山で講が行なわれるのである。中秋の良く澄んだ空には雁渡しが涼しく吹いて行く。その中で月山神社へ詣でる講の人々の鈴の音が爽やかに響いている。月山の美しい姿が目に浮んでくるようである。雁渡しの中で響く鈴の音を描いたところが佳い。