十人十色2018年6月

  

めぐりみづのとよのあかりの白拍子★清水 元英 

 「曲水の豊明」または「曲水宴」と書いて「めぐりみずのとよのあかり」と読む。曲水のもとは中国にある。魏の時代三月三日に上巳祓として、河水により祓が行われた。これが遊宴化したものが曲水である。平安時代宮廷や貴族の邸宅で、庭に曲った溝をつくりそこへ水を流す。その水上から酒杯を流し、自分の前を流れ過ぎぬ間に詩歌を作って入れて競ったのである。この句は曲水の宴と言わず「めぐりみづのとよのあかり」と大和言葉を用いたことと、そこに白拍子を登場させて華やかに描いたところが佳い。雅やかな曲水の雰囲気を眼前に浮かばせる力のある句である。  

  ケバブ削ぐスルタンの剣春暖炉★小野 恭子 

  ケバブは中近東の焼き肉料理である。トルコやシリアなどの主要な料理であり、料理店の店先で料理人が小刀で焼肉の塊を削いでいる光景を見ることがあるが、中近東であれば先ずケバブと思って間違いない。日本でもトルコ料理店などで見ることが出来る。この句の面白さは肉を削ぐ刀が大きく立派な剣であるところである。しかもそれはスルタンの剣だと言ったところにある。スルタンはイスラム王朝の君主である。現在でもオマーンとかマレーシアなどの王の名称として用いられている。春の暖炉の火の上に吊されたケバブが切れ味が良いスルタンの剣で削がれている。味も素晴らしそうである。

   うりずむや子山羊買はれて舟に乗る★小松 澄子  

うりずむ、うりずんは沖縄地方の季語である。旧暦では二、三月の頃、新暦では三月末から四月二十一日頃の穀雨にかけての季節である。新緑が美しく温和な気温である。この句は、小島で育った山羊が近くの島人に買われて舟に乗せられる光景を詠んでいる。うりずんの季節、風もおだやかで温かい。山羊も全く不安を感じることなく喜んでいるような様子が見えてくる。琉球の島々の美しい光景が目に浮んでくるような、明るさが佳く描かれている。

   手鞠麩の五彩跳ぬるや加賀の春★村木 和子

 加賀の料理は味も良いが、細かく刻まれた金箔が播かれていたり色彩も美しい。そして形も凝っている。この句の手鞠麩もその一例である。形が手鞠のように美しい。その上に跳ねるように五つの色が付けられている。本当に美しくしかも美味そうな麩である。それを食卓の上に置いて眺めているとやっと来た加賀の春がより一層楽しく感じられて来るのである。この句で、美しい手鞠麩を描いて加賀の春を迎える喜びを詠ったところが佳い。

   首里の龍髭を遊ばせ天のぼる★小栗百り子  

  首里は言うまでもなく琉球国王尚氏の王城があった所、現在の那覇市である。今でも琉球王朝時代の雰囲気を残す美しい街並である。特に首里城の周辺が良い。中国との長い交流の影響で中国風の建物なども多い。その一つが龍である。首里の立派な龍を見て、その龍が髭を遊ばせながら天へ登ろうとしているのだと表現したところが、沖縄、特に那覇の春らしい光景である。この句はそのような雰囲気を佳く描いている。   

  開け閉てに潮の香ほのと吊し雛★藤本 絢子

 伊豆半島あたりの光景であろうか。何処にせよ吊し雛が飾られている海辺の家の光景である。雛の日の前後と言えまだ風の冷たい日もあり、暖かい日もある。一日のうちでも朝夕はやや寒く、昼間には春らしく温かくなる。そのような時節らしく窓を開けたり閉めたりする度に、雛が吊してある部屋に潮の香がほのかに漂って来るのである。吊し雛が飾られている海辺の明るい光景が佳い。

   合格子牛豚山羊に話しかけ★佐藤 武代  

  厳密に考えると、合格子だけでは何に合格したのかはっきりしない。しかし高校か大学の入学試験に合格したとしてよいであろう。そこで入学試験という季語の傍題としておく。なかなか入学が難しい学校の入学試験に成功した子が大喜びして、家中の家畜たちに話し掛けているのである。父や母、祖父母だけでなく、牛や豚そして山羊にまで声を掛けている姿がよい。朝晩餌をやったり牧場に連れて行ったり世話している動物たちである。合格子が大喜びして話し掛けると、動物たちも喜んで走り回る姿が見えてくる。農村の若者の溌剌とした姿が佳く描かれている。この合格子の未来が楽しみである。

   大原は京より遠し草の餅★宮﨑 温子   

  大原は言うまでもなく京都左京区の八瀬の北の盆地である。後白河法皇が安徳天皇の母であり、清盛の次女である建礼門院を訪ねた寂光院が大原にある。大原御幸として知られている物語の地である。建礼門院は安徳天皇と入水したが自分だけが源氏に救われたと、後白河法皇に語ったと言う。隠岐に流されその地で没した後鳥羽天皇の陵も大原にある。そのような淋しい物語の多い大原は、京都からは少々遠い。しかし大原の里からは大原女たちが木工品や草餅などを頭に乗せて売りに来る。その草餅を食べながら大原の物語を思い出しているのである。京都の街中で草餅を食べ大原に思いを寄せる雰囲気が佳く描かれている

   釜の湯のたぎりたる音春障子★福留 敏子  

  何か食べものを料理しようとしているのか、茶道で湯を沸かしているのかは分らないが、釜の湯がたぎってその音が聞えて来るのである。時は春、障子に差してくる日の光も明るい。釜の湯のたぎる音も正に春らしいのである。障子を強調して描いているから、茶室の釜の湯と見た方が適切であろう。これから茶会をしようと準備しているような雰囲気が感じられる。春障子の明るい美しさが佳く描かれている。

   冬青空ゴッホの部屋の椅子ひとつ★鷲澤ひろし 

  ゴッホ(一八五三~一八九〇)は牧師の長男として生れた。従って一たん牧師になるが、画家になる決心をして、始めオランダ各地を転々とした後、パリに出てゴーガンなどの印象派の画家たちの影響を受ける。そしてゴーガンとの共同生活を始めたが不幸な結果になった。耳を切ったことは有名である。精神を病み療養のかたわら制作を続け「星月夜」などの名作を残したが、最後はピストル自殺をした。この句のゴッホの部屋は、最後に住んだパリ北方のオーベル・シュル・オワーズの部屋であろう。そこに椅子が一つ淋しく置かれている。窓の外はゴッホが好んだ冬青空が明るく拡がっている。ゴッホの晩年がしのばれる句である。