十人十色2019年11月

 

   林間学校こと座いて座を覚えし日★中村 光男 

 夜空には沢山の恒星が輝いている。目で見たとき比較的近くで光っている恒星を幾つか適当に組合せ、それらを線で結んで、その形から想像して神や英雄、動物や楽器などの名前が付けられている。それぞれの星座が宵に南中する季節がきまっている。琴座は八月、射手座は九月の初めである。林間学校は夜観測しながら星座を学ぶのに一番適している。光男さんは今でも夏の夜空を見て、どれが琴座かどれが射手座かすぐに言えるのである。それは少年時代林間学校で始めて学んで、大変印象深かったからであると、林間学校をそして少年時代を懐かしんでいるところが佳い。   

   閑谷の講堂ひびく牛蛙★原  道代 

 江戸時代の諸藩は、藩士の子弟を教育するため学校を作った。それが藩学校とか藩校と呼ばれていた。一方庶民を加えて藩士の子弟も教育する学校は郷学校と呼ばれた。江戸の終りには郷学校が全国で千校もあり、明治になって小学校を設立する母体の一つになった。閑谷黌は閑谷学校ともいわれ、江戸の初期寛文八年(一六六八)に、岡山藩主池田光政が民間人の子弟の教育のため創建した。現在は岡山県立閑谷高等学校になったが、昔の建物が多く残っている。この句の講堂も古い立派な建物である。その講堂は自然に囲まれていて、牛蛙の鳴き声までも響いてくるのである。閑谷黌の雰囲気が佳く描かれている。

   狐の面ばかり並べる夜店かな★金田ふじ江 

 夜店にはいろいろなものが並べられている。駄菓子も勿論玩具も。だから子どもたちにも人気がある。ふじ江さんもきっと今でも夜店を見て廻るのが楽しみなのであろう。今年も夜店に行ってみたところ、一つ不思議な夜店があることを発見したのである。その店には何といろいろな狐の面だけを並べて売っているので驚いたのである。そしてそれも又一興とのぞきこんだのであった。きっと普通の面もあれば滑稽なものも、恐い顔の面もあったに違いない。ふじ江さんは九十一歳。でもこのように好奇心を一杯懐いているところがめでたい。ますますお元気でこのように面白いことを発見して、それを俳句に詠んで下さい。

   入り口に魔除けの鍾馗おけら鳴く★竹田 正明

 秋の夜、じーという虫の鳴き声のようなものが聞えてくる。これを蚯蚓鳴くと言っている。しかし蚯蚓には音を出す器官がないことが明らかになった。そしてこの地中から聞えて来る音は、螻蛄の鳴き声だということが判った。でもみみず鳴くという季語は今も用いられている。どこかの家か店の入り口に、魔除けの鍾馗が飾ってあった。そしてその周りの地中から螻蛄の鳴き声が聞えて来たのである。なんとなく鍾馗が魔除けの言葉を発しているように感じたのである。鍾馗の像とおけらの声との組合せが面白い。

   故郷のよく見ゆる日よ盆燈籠★小嶋美喜子

お盆に故郷へ戻ろうとしているのである。峠を車で越えると、故郷が見えて来る。どの家も明々と灯のつけた盆燈籠を軒に吊しているので、特に故郷がよく見えるのである。盆と限らず故郷へ戻る時は心が躍る。特に<GAIJI no="03106"/>に帰省するのは楽しい。その懐かしい故郷が盆燈籠で照らされているので、一層よく見えてくる。故郷はなんと美しいことかとその故郷を見ている作者の気持ちが佳く描かれている。

   迫り来る跳人二千の鈴の音★池西季詩夫 

 青森市では八月二日から七日、弘前市では八月一日から七日にかけて佞武多が行われる。その中で跳人が活躍するのが青森のねぶたである。歌舞伎人形灯籠のまわりで跳人が元気よく跳びはねる。極彩色に描いた武者や悪鬼などの張り子を竹や針金の骨組で造り、それを屋台に載せて練り歩いて来る。屋台の担い手や、跳人が百人ぐらいで一団を作り、笛を吹き太鼓を叩きながら進んで来る。全体で二千もの鈴の音が押し寄せて来ると聞いたのである。跳人たちの勢いをこの二千の鈴の音で示したところが佳い。

   鰡跳ぶや海人兄弟の網構ふ★居林まさを 

鰡は沿岸魚で、産卵期は十月から一月である。沿岸で生れた稚魚は冬から春にかけて近くの河川の中流域までさかのぼる。稚魚をオボコ、淡水で育つ頃をイナ、全長が十から十五センチメートルに成長し、秋になって水温が下がる頃海へ下る。その成熟したものをボラ(鰡)と呼ぶ。このように名前を変えるので出世魚と呼ばれる。秋になって海へ戻った鰡は海面上へよく跳び上るので、その姿を見ることが多い。この句は秋になり鰡を捕るため、海人の兄弟が網を準備している最中に、鰡が盛んに跳んでいる光景を描いたところが佳い。

   鈴虫へ霧吹くをさな「雨ですよー」★木村 京子  
  幼児がスプレーを持っている。虫籠に入れた鈴虫か、或は台所などへ入って来て鳴いている鈴虫かに、「雨ですよ」と言いながらスプレーで霧を吹き掛けている姿が可愛らしい。秋と言えまだまだ暑い日もある。そのような暑い日の光景であろう。鈴虫も暑いので困っているから、霧を吹きかけて涼しくしてやろうと思っているのであろう。棒で叩いたりするのではなく、霧を吹き掛けながら「雨ですよ」と言っている幼児の無邪気さが佳い。

    新涼や花穂と揺れる花むぐり★加藤 昌子  

  花潜(むぐ)りは黄金虫と同じコガネムシ科に属する昆虫である。従って夏の季語の一つである。しかし花潜りについての作句例をあまり見ない。この句では新涼という秋の季語を用いている。花潜りの成虫は花粉や蜜を食べて生きている。そのため花潜りは花の中にもぐり込むのでこの名がついた。この句はこの花潜りが蜜をなめるため花に潜り込んで穂を揺らしている姿から、新涼を感じたところを詠ったところが佳い。そして花潜りらしく花穂を揺らす様子を写生したところが佳い。

   向日葵や園児描き足す目鼻口★後藤  敬  

 幼稚園児達が向日葵を写生している。向日葵の花は大きいし、いかにも太陽を見るように上向きが多い。そこで向日葵の花に目鼻や口を描き足す園児が何人かいたのである。大人でもたわむれに向日葵の花に目鼻をつけたくなるが、園児達はもっとずっと素直に直観的に目鼻口を描き足しているのである。動物や植物達も友達のように思っている幼児達の振舞いを、温かい目で見守り具象的に描いたところが優れている。

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