《連載》 句集を読むD
彗星−芝不器男
『定本芝不器男句集』
岸本 尚毅
野分してしづかにも熱いでにけり 芝 不器男
家の外では野分が吹き荒れ、病人の体は静かに熱が出始め
た。外界の自然現象と人の体に起こる現象とが、あたかも呼
応し合うかのように。不器男がこのとき死の病床にあつたこ
とは句の鑑賞に必要あるまい。風邪をひいて熱が出始めたと
きの体が浮くような感覚を思い出してみよう。それは人間の
体の中でミクロの自然が荒れ騒いでいるような感じかも知れ
ない。人間は潮が満ちるときに生まれ,潮がひくときに死ぬ
という。そんなことを思い出す。
横山白虹によれば、芝不器男は彗星の如く俳壇の空を通過
した。大正末期の俳壇に現れた不器男はたちまち俳誌「天の
川」の巻頭作家となり、昭和五年には死去。死因は悪性腫瘍
で享年は二十八歳だつた。「彗星」という比喩は俳壇への登場
から退場までの輝かしさと慌ただしさを示すのだろう。
冒頭の野分の句を他の俳人の作と比べてみよう。
静臥位に豊かなる雪降りつづく 山口 誓子
雪の峰静臥の口に飴ほそり 石田 波郷
眠りがたくなれば熱出づ大夕立 石橋 秀野
誓子の雪、波郷の雲の峰、秀野の夕立は、あくまでも作者
の外部にある自然として意識されている。ところが不器男の
野分の句は、肉体の発熱と野分とが感覚の上で一体化してい
る。「しづかにも」からは不思議な至福感さえ感じられる。そ
れは「闘病」という言葉とは程遠い、穏やかな諦観のような
思いだろうか。
「彗星」は白熱し発光する。不器男の句には、火照るよう
な体温の高さを感じる。
風鈴の空は荒星ばかりかな 不器男
「荒星」とは強く冴えた光を放つ星。歳時記には「冬の星」
の傍題として挙げられているが、この句では風鈴が夏の季語
だ。風鈴の鳴りやまぬ風の夜。星々は荒々しく輝く。
夜長星窓うつりしてきらびやか 不器男′
「きらびやか」という派手な言葉を使いながら、一句が浮
き上がつてはいない。それはひとえに「窓うつりして」とい
う描写の確かさのゆえだろう。「きらびやか」と言いながらも
手放しで美しいわけではない。「夜長星」という言葉には無聊
をかこつ寂しげなニュアンスがある。この句は冒頭の野分の
句とともに病室での作だ。
ところで「星」という言葉があれば、「空」と「夜」は自明
のことだ。ところが風鈴の句も夜長星の句も、空と星、夜と
星が同時に使われている。それは言葉を節約するという俳句
作りのセオリーには反する。しかし、風鈴から空を導き、空
から星を導く言葉の流れには躍動感がある。夜長と星を結び
つけた「夜長星」も、水原秋桜子の「高嶺星蚕飼の村は寝し
づまり」に匹敵する造語といえよう。
不器男の俳句は、自然の風景を描くときも叙情的な体質を
感じさせる。しかし、不器男は風景を自分の境遇にひきつけ
たり、風景に心象的なイメージを投影したりする俳人ではな
い。不器男の叙情の特長は、自我の意識を消し去り、自らの
思いを風景の中に溶かし込むところにある。
桐の実の鳴りいでにけり冬構 不器男
この句の眼目は「鳴りいで」の「いで」にある。この二文
字によって桐の実が風に鳴る音が身近に感じられる。
研ぎあげて干す鉞や雪解宿 不器男
松籟にまどろむもある遍路かな
つゆじもに冷えし通草も山路かな
牧牛にながめられたる狭霧かな
籾磨や遠くなりゆく小夜嵐
落栗やなにかと言へばすぐ谺
沈む日のたまゆら青し落穂狩
秋ゆくと照りこぞりけり裏の山
野路こゝにあつまる欅落葉かな
枯野はや暮るゝ蔀をおろしけり
これらの句は一見すると客観的に風景を描いたものと見え
る。しかし「研ぎあげて」「まどろむもある」「つゆじもに冷
えし」「ながめられたる」「遠くなりゆく」「なにかと言へば」
「たまゆら青し」「照りこぞり」「こゝにあつまる」「はや暮
るゝ」などの言い回しには、不器男の神経と体温が通ってい
る。
次に人間を描いた句をあげてみよう。
ころぶすや蜂腰なる夏痩女 不器男
泳ぎ女の葛隠るまで差ぢらひぬ
うちまもる母のまろ寐や法師蝉
脛立てて寝る母秋の?越しに
女と母の句をあげてみた。不器男の描く人物は、精神的・
人格的な存在というよりも、生きものとしての人間、生身の
肉体と体温を感じさせる人間だ。
繭玉に寝がての腕あげにけり 不器男
繭玉のある室内の風景の中に、一つの物体として腕が現れ
る。しかし、血の通った温かい腕だ。不器男の俳句は不器男
の意志ではなく、体温を伝える。
不器男の叙情性はたんなる青春の産物ではない。それは鋭
敏な言語感覚に支えられている。定型に対する感覚の良さと
動詞を使うときの語感の鋭さは天性のものだろう。不器男の
俳句の多くは、動詞を活かしたダイナミックな言葉の流れを
「や、かな、けり」で受け止めている。動詞と切れ字が生み出
す緩急とめりはりの強さが、「彗星」を思わせる熱っぽい火照
りを不器男の句に与えるのだ。