天為秀句選
蒐玉集 ― 朗人・推薦 (平成21年5月号)
「天心集」より
オーロラの中なる髪の氷りけり 石川 克子
封筒の中より掴み出す余寒 津久井紀代
ジャコメッティの人歩き出す葦枯れて 佐藤 小枝
雪入れて子はポケットをふくらます 明隅 礼子
通夜の戸へ一礼ふかき焼芋屋 塩原佐和子
初漁の一舟に撒く清め酒 下田 雪子
指先に星の集まる雪野かな 天野 小石
田遊びや種蒔き唄を飽きもせず 丸谷 三砂
赤坂の煮貝の匂ふ一の午 紅林 照代
知らぬ猫浮かれて通る新居かな 日原 傳
踏み応へあらむ明治の霜柱 福永 法弘
山姥となるやも知れぬ夜の女雛 西脇はま子
真青な空いつもあり豆を撒く 対馬 康子
ちちははの星の山河や凝鮒 永井由紀子
春風や坂のリスボン金平糖 熊谷佳久子
謝肉祭前夜水打つアリゲーター 青柳 飛
紹興の徳利空く待つ梅一枝 武蔵島洪二
梅東風や鳥屋を出てゐる神の矮鶏 和久田隆子
ランドセル蓋ぱたぱたと蝶生る 永井 孝彦
出生は千代田区日比谷蛙の子 朱 月英
「天為集」より
選評 − 有馬 朗人 −
篆刻のヘブライ聖書返り花 成田 青秋
ヘブライ聖書であるから、キリスト教徒が旧約聖書と呼ぶものである。この部分が中国語に訳され、木か石か金、多分石に刻まれているのである。その文字は篆書であろう。その聖書が篆刻された石碑のそばに返り花が咲いていたのである。これは多分中国開封のユダヤ遺跡にある、「夫一賜樂業立教祖師阿無羅漢(それイスラエルのりっきょうのそしアブラハム)」で始まる石碑ではないであろうか。それは千年前十字軍によって追放され、イスラエルから中国まで逃げて来たユダヤ人が開封に定住して、ユダヤ教を守った歴史が記されている石碑である。又は他の石碑に聖書の一部が刻んであるのであろう。私はこのことを一九九八年の冬始めて訪ねたイスラエルで、友人タルミ教授からもらった「The
ChineseJews of Kaifeng-Fu(開封の中国ユダヤ教徒)」という本で知った。最近更に詳しく小岸昭著「中国・開封のユダヤ人」(人文書院2007)で学んだのである。
鮟鱇を喰らひて天を敬へり 国島 輝夫
鮟鱇を鍋にして食べているのであろう。あの奇っ怪な鮟鱇がこのような美味とは不思議である。鉤に口を懸けて、吊し切りにするが、あの形からこの味は想像ができない。それも肝が特にうまい。一体人間の先祖の誰が、こんな不気味な深海魚を食べてみようと思ったのだろう。しかもそのうまさを見つけたのだろう。それは人業ではなく、天の神が示してくれたに違いない、鮟鱇を食べながら天の偉大さをしみじみ感じ天を敬うのであった。この句の面白さは、鮟鱇を食べる日常的なことから、天を敬うという、直接関係のないことを考えたところにある。
鷹据ゑて若き鷹匠匂ひ立つ 光田 道子
近頃方々で鷹狩の業を見せてくれる。そして老練の鷹匠だけでなく、若い鷹匠や女鷹匠が業を競っている。こうして伝統的な鷹匠の技が次代へ伝えられていくことはよいことである。さてこの句の鷹匠は伝統的な男の鷹匠である。その男はほれぼれとする美男子であったに違いない。なかなか男前だと思いながらその振舞を見ていると、鷹を手に据えて、毅然と構えたのである。その姿は若さがほとばしり、まさに匂い立つようであったのである。男の俳人は女鷹匠の句をしばしば作る。この句は女の俳人として若い男の鷹匠を頼もしく見たのである。「匂ひ立つ」という表現がよい。
漱石の「こころ」読む夜の雪明り 山上 順子
「こころ」は漱石の晩年一九一四年に朝日新聞に連載され、その年に一冊の本として出版された。親友を裏切って一人の女を妻としたことを一生悩んで遂に自決するに到る話である。この中で自我と他人についてつきつめて考えている。漱石の初期の作品「我輩は猫である」や「坊ちゃん」のユーモアから転じて「行人」や「こころ」は内面深く入って行き、読者にも人生について考えさせる作品である。その「こころ」を窓に雪明りのする夜半、しみじみと読み進めているのである。雪明りのする静かな夜、どんな本を読んだらよいだろうか。たしかに「こころ」など適切かもしれない。私もそうするであろう。或は漱石の「漢詩」を読んでみたい気もする。
不苦者有智遠仁者疎道とや万葉仮名 江原 文子
この句の内容は「福は内鬼は外」だけである。しかしこれを万葉仮名で書き表したところが面白い。そう表してみると節分会は、万葉の時代から続いているのだということが、しみじみと感じられてくる。実は「万葉集」の歌に、或は「古事記」に、「福は内、鬼は外」が書かれていたか記憶がない。無かったと思うが調べてみようと思いながら果せず、この文を書いている。それにしても万葉仮名で書けばこうなるであろうと思う。そのように書いて俳句にしたところが佳い。なお、万葉即ち文武(683〜707)天皇の時代から追儺会は行われていたに違いないと思う。
ゴンドリーエ声かけ合うてかぎろへり 増澤 道子
ゴンドリーエは勿論ゴンドラの漕ぎ手である。ゴンドラは本来イタリアもヴェネツィアの運河の交通に用いる黒塗りで底が平な船である。船首と船尾が高くそり上っている。このゴンドラを一人で漕ぐのである。陽炎が立つ春の日の中、ゴンドラがすれちがう。そのときそれぞれの船のゴンドリーエが声を掛け合うのである。ヴェネツィアは何時訪ねてもよいが、陽炎の立つ春はひときわロマンティックである。運河も路地も教会も街もよい。その中でゴンドリーエが声を掛け合う姿を陽炎の中に描いたところが、ヴェネツィアの詩的な雰囲気を佳く描いているのである。
パスポート父のセーター重ね着す 平井うらら
平井うららさんは、しばしば海外、特にスペイン、それもグラナダの大学へ行く。このパスポートもそのときのものであろう。グラナダはスペインの南部、気候の良い街である。それでも冬はやはり寒い。なつかしい父のセーターを持って来たので、それを重ね着しながら勉強しているのである。胸にはしっかりとパスポートをお守のように抱き父に守られながら。うららさんは、昨年、ガルシア・ロルカの「タマリット詩集」を訳して影書房から出版した。ロルカがアラブ歌謡の原型カシーダと、それから生まれたガセーラという定型詩の両方で書いた詩から、「タマリット詩集」は形成されている。正確にしかし原詩の美しさを見事に日本語で再現している。その成功を祝したい。
春一番二番三番呱呱の声 大辻 泥雪
春一番という季語を巧みに使っていて面白い句に成った。一番、二番、三番と春らしくなって行く。その間に、まだかまだかと赤ん坊が生まれるのを待っている、父親や祖父母の姿が見えてくる。すると力強い呱呱の声が響いたのである。春一番から二番三番と畳みこんできて、最後に呱呱の声を据えたところが、呱呱の声の元気のよさを表現する上で成功している。春一番という季語から、勢いのある春の訪れが感じられ、その春が次々に育って行く様子を、二番三番と続けることで表わしたところが佳い。命が生まれる勢いが見事に表現されているのである。
新門の明り幽かに亡者送り 植田 昭代
浅草寺の縁日は毎月十八日であるが、特に正月には温座陀羅尼会が十二日から始められ、十八日が結願の日になる。午後六時に、山内の火を消し、供物を持った寺男を追って、鬼に紛した男たちが松明を持って堂を通り抜けるのである。新門ではその鬼たちをとりしきる。この行事を亡者送りという。この句では火の消えた新門の周りで、明りも幽かな中で亡者送りが行われている様子を詠っている。「明り幽かに」という表現が適切である。珍らしい季語を使って成功した。
逃げる火を火が追ひ亡者送りかな 有馬 朗人
啓蟄の人工衛星混み合へる 芥 ゆかり
空は無限に広がっている。広い広い宇宙と思っていた。だから小さな人工衛星なんか幾つ打ち上げても、びくともしないだろうと考えていたが、近頃は人工衛星が衝突するくらい混んできたのである。その上古い人工衛星が塵になることも起っているらしい。これは問題である。それはそれとして、この句では人工衛星が虫のように啓蟄の頃、ぞくぞく出て来て、空が混み合っていると言ったところが面白い。空も啓蟄となると、あちらこちらから人工衛星が姿を現して来て、混み合って来るように思えるのである。