十人十色2020年1月
闇厚き神の孤島へ流れ星★松浦 泰子
神の孤島とは宗像神社の三宮の一つ沖津宮のある沖の島ではないであろうか。この島は玄界灘の孤島である。沖津宮には古墳時代以後の祭祀遺跡が多くあり、様々な貴重な遺品が発見されている。周囲に人家が全くないので夜になると闇は深い。その空を流れ星が飛んで行き、いかにもこの孤島へ落ちたようである。神と神につかえる人々しか住まない絶海の孤島へ、流れ星が飛んで行くという神秘的な光景が佳く描かれている。沖津宮の祭神は田心姫命(たごりひめのみこと)、中津宮は湍津(たぎつ)姫命、辺津宮は市杵島(いちきしま)姫命である。
茅葺き一つ萩往還の豊の秋★前村 泰博
毛利藩は萩に城を築いた。その毛利の殿様一行が参勤交代で通ったお成り道が萩往還である。山口県の萩城下と瀬戸内海側の防府(ほうふ)市(旧三田尻)を結ぶ街道である。江戸時代に山陰と山陽を結ぶ上で重要な街道であった。特に江戸幕府の終末に吉田松陰や高杉晋作を始め多くの志士達が往復した。現在秋にこの往還を通ると、両側の田畑は豊作を喜んでいる静かな豊かな町村がある。家々は瓦葺きが多いが、茅葺きを一軒見つけたところが萩往還らしい。幕末の志士達のことを思い、現代の平和を喜んでいる様子が感じられる。
鍬ふるふ男まさりの豊の秋★大舘 泉子
男まさりの農婦が鍬を力強く振って耕作に励んでいる。田畑はまさに豊の秋、どの田も豊作であり、畑の野菜も良く育っている。この男まさりの女丈夫は誰であろうか。それは泉子さんに違いない。しかもしっかりしているだけでなく、詩歌そして俳句を愛する手弱女でもある。その泉子さんは九十三歳、この句のようにますますお元気である。これから百歳まで、いや百二十歳までもどんどん佳い俳句を作って行って欲しい。そのことを心から祈っている。
プラハ城にカフカの路地やちちろ虫★白井さち子
プラハはチェコ共和国の首都である。エルベ川の支流のブルタバ川下流に沿っており、そこに美しいカレル橋が掛っていて、その両岸に街がある。九世紀に作られた古城があり、ヨーロッパ最古のカレル(プラハ)大学などがある。百塔の町といわれるほど沢山の塔があり、旧市街は「黄金のプラハ」と呼ばれるくらい美しい。旧市庁舎の時計塔は見事である。「変身」や「城」などで有名な実存主義的小説家カフカの家が坂道にある。カフカはユダヤ人であり、ユダヤ人が多く住んでいた街もある。カフカの家の近くでちちろ虫を聞いたことがよい。カフカの小説の一節のようである。
月影の清けき小庭猫の径★金子 肇
街の一角にある小庭か、または個人の家の小庭かは分らないが、月影が清々しい美しく良く手入がされている小庭である。秋になり大気も澄み、すべてが爽やかにはっきりと見える。月光がさして来て、この小庭の隅々まで見える。ふとそこに猫が行ったり来たりする小径が浮び上って来たのである。その家に飼われ可愛がられている猫もこの小庭を楽しんでいて、あちらこちらへ行って遊んでいるのであろうが、家から小庭に出入りするときは、このきまった径を通るのである。月光が清らかで猫の小径まで見える様子が佳く描かれている。
畦の端に鴉の突つく捨案山子★阿部 旭
案山子も田に立っている時は威厳があって雀や鴉が寄りつかなかった。その田の稲刈りも終って、もう用は無いと畦の端に案山子が捨てられた。そうしたら鴉がやって来てもう恐くはないぞと、突き始めたのである。案山子だけでなく人間でも、何か役職についていると尊敬され、丁寧に扱われるが、その職を離れるとただの人になり、時に手荒く扱われることがある。この句はそのような世相を暗示しているようで面白い。
蟷螂や眦決し空を見る★蛭田 秀法
「眦を決す」とは目を大きく開けることであり、何かを決心したり、怒った時の様子を示す言葉である。蟷螂は怒らせると前肢をあげて向かってくる。その蟷螂が何か獲物を見つけたのか、敵が飛んでくる気配を感じたのか、厳しい目をしっかり開けて空を睨んでいるのである。自然界に何か大きな変化が起って来たのを予感しているようなところが面白い。
鯊釣りの入れ喰ひの波竿の波★小山 正
入れ喰いとは、鉤を下ろすとすぐにどんどん釣れてくることを言う。秋になり鯊釣が始まる。鯊は貪欲で餌があるとすぐ食いついてくる。そこで子どもでも釣れるくらいである。私も小学一年生の頃鯊を古利根川で何匹も釣った思い出がある。私が小学生時代よく釣りに行ったが、沢山釣れたのはこの鯊と、銚子の沖で舟から釣った河豚ぐらいである。この句はまさにそのような様子を描いているところが佳い。釣人が多勢海岸か桟橋で釣竿を垂れているのである。そして次々に鯊が釣れている。まさに鯊の入れ喰いである。竿が上ったり、下ろしたりする様子を竿の波と表現したところも佳い。
秋出水引きたる堤鮎乾からぶ★梅田 弘祠
秋に台風や集中豪雨で洪水が発生する。特に昨年(二〇一九)の秋はひどかった。それは温暖化現象の現れであろう。何とか対策を立てなければ、ますますひどくなるに違いない。秋出水が急に起り、急に水が引いた。その急変を示すように鮎が堤の上に押し上げられ、急に引ける水に乗りそこない、そのまま日干しになって乾涸(ひから)んでしまったのである。鮎たちが秋に産卵のため下流に下ろうとした途中に、秋出水に出合ったのである。自然の恐ろしさの一面を客観的に示したところが佳い。
刺繍枠に刺しかけの針星月夜★木村 史子
布を枠で押さえて、布地に色糸を使って絵や文様を縫い表そうとしているのである。途中夜になったので刺しかけの針を刺繍枠に刺して休んだ時、窓の外は星月夜であった。針も心なしか星月夜の光に輝いているようであった。星月夜の静かな雰囲気が佳く描かれている。刺繍にも星がちりばめられているような感じがする。
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