天為俳句会
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十人十色2023年4月 日原 傅選

   読み初めは孫の卒論モリエール★小林美佐子  

  モリエール(一六二二~七三)はフランスの喜劇作家、俳優、演出家。フランス古典喜劇の完成者として知られる。代表作に「ドン・ジュアン」「人間嫌い」「守銭奴」「女学者」「病は気から」などがある。お孫さんはフランス文学専攻なのであろうか。モリエールを扱ったその卒業論文を読み初めにしたというのである。現在の大学生は親の世代のみならず、祖父母の世代も現代につながる高等教育を受けた人の多い時代になっている。また、語学教育に関しては昔の方が力を入れていた場合もあり、祖父母の世代の力はあなどれない。果たしてお孫さんは作者から及第点を与えられたであろうか。

   初鏡眉描きマスク整へし★青木  玲  

  コロナ禍で、外ではマスクを着用する姿が日常となった。人と対面する席でも、マスクを外すことがない場合は丹念に化粧をする必要が無くなり、口紅などは塗らずに済ますので楽になったという話も聞く。それを俳句に仕立てたのであろう。新年になって初めて鏡に向かう。急ぎの用事があるのであろうか。人から見える眉だけ整えて、あとはマスクの着用の具合を確かめ、準備が完了したというのである。「初鏡」の句として滑稽味の伴った句になっている。

   名画座のモノクロの巴里冬深む★嶋田 香里  

  リュミエール兄弟がパリのオペラ座近くのとある地下室でシネマトグラフを映写したのは一八九五年十二月二十八日のこと。それから始まった映画の歴史はすでに百三十年近くにもなる。はじめは音声も色彩も無かった映画が、やがては音をともない、カラーフィルムとなって今日に到った。
  映画と俳句とは縁が深く、映画理論の「モンタージュ」は芭蕉俳諧の取合せから多くの示唆を受けたという。一方、<映画出て火事のポスター見て立てり 高浜虚子><接吻もて映画は閉ぢぬ咳満ち満つ 石田波郷><水の秋映画はヴェニスにて終る 皆吉司>のように映画を素材とした俳句もある。掲句もその系譜に連なる。名画座で昔の名作を観賞しているのであろう。スクリーンには昔の巴里の光景がモノクロで大きく映し出される。歴史あるパリの街の威厳を感じさせる上で、モノクロであることが効果的に働いていることが想像される。「冬深む」という季語もその雰囲気作りに与っている。

   鍛冶の打つ大き錨や春近し★門脇 文子  

  金属を加熱し叩いて整形する加工法を「鍛造(たんぞう)」という。金属を溶かして型に流し込む「鋳造(ちゅうぞう)」や「切削加工」に比べると金属に粘りが出て強度が増すようだ。しかし、手間のかかる作業の故であろう、現在の日本では「鍛造錨(たんぞうびょう)」を作る鉄工所はほとんど無いようである。作者はその珍しい現場で作業を目の当たりにしたのであろう。「春近し」という季語からは春の漁が始まることへの期待感が伝わってくる。
  ちなみに、井伏鱒二二に「鞆ノ津所見」という随筆があり、鍛冶屋による錨造りの様子が描かれている。「こゝは一本みちの街で、両側の家はどの家もみんな鍛冶屋である。錨を製造してゐる。軒下には、たいていどの家でも大きな錨を一つづつ置いてゐる。二十人がかりでも持ち運びできないと思はれるほどの錨なのである。たぶんこれは錨製造をしてゐるといふことのしるしであるにちがひない。・・・・・・」とその随筆は始まる。「鞆ノ津」は広島県福山市の鞆の浦。朝鮮通信使の記録にも残る風情のある町である。

   小寒や吉野杉製ヴァイオリン★加茂 智子 

  ヴァイオリンの名器というと、「ストラディバリウス」「ガルネリウス」「アマティ」といった名が挙がる。現在でも古い時代に製作されたそれらの名器に匹敵するレベルのものを作るのは難しいという話を聞く。製作者の技量の問題もあろうが、当時の気候がヴァイオリンの素材としてちょうどよい樹木の育成をもたらしたこともその一因のようだ。掲句は奈良の吉野杉を素材にして製作するヴァイオリンに焦点を当てた作。杉は一般的にはヴァイオリンの素材には不向きだとされるが、吉野杉は年輪が緻密でヴァイオリンの製作にも叶うという。「スギバイオリン」と命名され、「ウッドデザイン賞」を受けたことがニュースになった。小寒は新暦では一月五日、六日ごろに当たる。寒さの厳しい時季の演奏会なのであろう。

   冬の虹屏風岳より立ち上がる★小林 祐子  

  「屏風岳」は山形県と宮城県にまたがる蔵王連峰を形成する山の一つ。標高一八二五メートル。山の名は雪の積もった姿が屏風のように見えることからの命名という。切り立った山容が想像される。そこに冬の虹が架かったのである。神々しい光景である。「立ち上がる」という措辞は、虹が今まさに出現した現場にいる感じを読み手にいだかせる。

   犬岩の沖に白富士風冴ゆる★飯嶋 政江  

  狼石・牛石・獅子石・虎石・猫石・亀石などなど、動物の姿に似た石や岩になぞらえた動物の名を付けた例は全国各地にある。それに伝説が付加していることも多い。作者は千葉の人。掲句は銚子にある犬岩を詠んだ作であろう。この犬岩に関しては義経伝説が残る。頼朝に追われた義経主従が奥州に逃れる際、舟に乗るために愛犬を岸にとり残したところ、犬は一晩鳴き続け、翌朝には海辺に立つ大きな岩となっていたという話である。銚子の犬岩の背後には掲句のように富士山が望め、西の空に沈む入日が見える。一方、同じ銚子の犬吠埼の北に隣接する君ヶ浜には朗人先生の<鳥白し春あけぼのの君ヶ浜>の句碑があり、太平洋に向かって立っている。

   寒鰤にチベット塩の赤なじむ★梅田 弘祠  

  寒鰤に塩を使う。塩焼きにするのであろうか、あるいは塩鰤を作るのかも知れない。「なじむ」という言葉からは、後者が似つかわしい感じがする。使う塩は「チベット塩」だと明かされる。岩塩なのであろう。その塩は鉄分などを多く含み、紅色をしている。「寒鰤」と「チベット塩」との出会い。食に関する新たな試みを楽しむ作者の姿が想像される。

   冬ざるる煉瓦づくりの発電所★高木 秀夫  
  日本では幕末から明治にかけて煉瓦建築の実用化が進んだ。有名なものでは、韮山反射炉、長崎製鉄所、横須賀製鉄所、富岡製糸場などが挙げられる。東京丸の内にある三菱一号館と東京駅という二つの煉瓦建造物は近年竣工時の姿にそれぞれ復元、修復され、ニュースになった。作者のお住まいの佐賀県には現役で活躍している煉瓦造の発電所が二箇所(広滝第一発電所・川上川第二発電所)もあるようである。自然のなかで稼働する赤煉瓦建造物の姿は四季折々の美しさを呈することだろう。それが今、冬ざれのなかに存在している。

   靴箆に当つる「はたちの日」のくびす★永野 裕子  

  かつての天皇誕生日は「昭和の日」となり、体育の日は「スポーツの日」となった。「成人の日」は、名称は変わらぬものの日にちは一月の第二月曜と定められたため、毎年変わるようになった。それに加えて、この度法律上の成人年齢が十八歳に引き下げられたことで、各地で行なわれる「成人式」の名称も工夫が必要となった。掲句の括弧付きの「はたちの日」はそれを反映したものであろう。スーツを着、革靴を履いて活動することの多くなる成人の姿を「靴箆」と「くびす」に焦点を当てて示したところに工夫がある。

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