十人十色2024年12月 日原 傳選
吾亦紅鮮やかなるを折りとりぬ 藤井 素
「吾亦紅」はバラ科ワレモコウ属の多年草。山野に自生し、夏から秋にかけて暗赤色の花をつける。漢名は「地楡」。和名ワレモコウの表記としては「吾亦紅」のほかに「吾木香」「我毛香」といった漢字も当てられる。その存在は古くから注目されていたようで、『源氏物語』「匂宮」の巻に「老を忘るる菊に、おとろへゆく藤袴、ものげなきわれもかうなどは…」と芳香のある秋の植物として「菊」「藤袴」とともにその名が見える。江戸時代の発句にも<しやんとして千種の中や吾亦紅 路通><此秋も吾亦紅よと見て過ぬ 白雄><吾木香さし出て花のつもりかな 一茶>と詠まれている。
掲句は、一茶の句に詠まれたように花としては地味に感じられる暗赤色のその色彩に注目する。群れて生える吾亦紅の花は一見したところ同じようだが、よく見ると違いがある。そこで、見比べて鮮やかな色をした花を選んで折り取るというのである。吾亦紅を細やかな心で愛でつつ折り取る様子が想像されてくる。
葡萄溝玄奘も見し火焔山 青 猫
「葡萄溝」は中国新疆ウイグル自治区
遠眼鏡熊栗架掻くを監視かな 岩川 富江
この句の季語は「熊
啄木鳥よいつまでつつく谷戸の中 織戸 弥生
「谷戸」とは周囲を小高い山や丘陵に囲まれた小さな谷間の地をいう。そこに啄木鳥がやってきて、採
小雨撞く朝の段雷秋祭 江成 苑枝
「段雷」は祭や運動会といった行事を開催する合図として用いられる昼花火をいう。秋祭の当日の朝、あいにく小雨が降っている。しかし、天気は次第に良くなる見込みなのであろう。秋祭にともなう行事を開催する決定がなされ、それを知らせる段雷が揚がったのである。「アサ」「ダンライ」「アキマツリ」と句の後半に多用される「ア」音は明るくなってゆく天気を表わす感じがする。
万葉の三山座る花野かな 松本 正光
「万葉の三山」とは、『万葉集』に数多く詠まれる大和三山すなわち「香久山・畝傍山・耳成山」を言うのであろう。奈良
天地返しバーのマダムの麦
「天地返し」は表土と下層土を入れ替える農作業をいう。知り合いのバーのマダムが麦
曼荼羅の金泥微光秋の風 山本 純夫
「曼荼羅」は密教において、宇宙の真理を表わすために仏や菩
五行思想では「木・火・土・金・水」の「金」が秋に配当され、「秋の風」は「金風」とも言う。一句の世界に統一感が生まれている。ちなみに、曼荼羅図を詠んだ句としては<曼荼羅に残れる金や初しぐれ 細見綾子><山蛭や秘して拝せぬ曼荼羅図 上田五千石><曼荼羅に豆つぶほとけ雪明り 鍵和田
ポポーの実雨滴を纏ひ垂れ初むる 我妻千代子
「ポポー」はバンレイシ科の落葉果樹。北米原産とされる。春に暗紫色の花を咲かせ、果実は秋に実るという。その実はアケビに似た楕円形をしており、最初は緑色だが熟すと黄緑色になるという。その果肉はやや濃い黄色で芳香があるところから「森のカスタードクリーム」とも呼ばれるようだ。日本には明治時代に持ち込まれたという。掲句は「ポポーの実」という珍しい素材を詠み、新しみがある。実りの時期を迎えて垂れ初めた実が雨滴を纏う。その瑞々しいさまを捉えた。
星月夜カフカは
村上春樹の小説『海辺のカフカ』の主人公である十五歳の少年の自称は「田村カフカ」。それに関して「カフカというのはチェコ語でカラスのことです」と名前の由来を説明する場面がある。一方、田村カフカの背後には「カラスと呼ばれる少年」がいて時に彼に指針を与えるが、「僕は『海辺のカフカ』です。あなたの恋人であり、あなたの息子です。カラスと呼ばれる少年です」と田村カフカが告白する場面もあり、そこでは両者は一体化する。また「カラスと呼ばれる少年」が二人称で田村カフカに語りかける場面では「君は一羽の
◇ ◇ ◇