十人十色2026年1月 福永 法弘選
ななふしやいつも逆さに世を覗き 松本 秀子
ナナフシは、ナナフシ目に属する昆虫の総称で、七節と表記するが、七は単にたくさんというほどの意味で、ほんとに七つということではない。一説には十四あるとも言われていて、私の作で恐縮だが(ななふしのまことは十四
草の幹や葉に逆さにぶら下がっているナナフシが、世の中を斜にうかがっているシニカルな哲学者のように見えるという句だが、実際は、リズミカルに左右に体を揺らして枝や葉の形を真似、寄ってきた昆虫を捕まえ食べている肉食系の昆虫である。そしてどことなく、有馬先生の句(なまけものぶら下がり見る去年今年)を彷彿とさせる句でもある。
通夜舟のひとり芝居や秋時雨 田中 梓
井上ひさし作「芭蕉通夜舟」は、芭蕉の半生を歌仙に見立てて三十六の景色で描き出した、ほぼほぼ一人芝居。芭蕉が人生の意味を見出すまでの苦悩と葛藤を、そして同時に芸術性と大衆性の相克を描き出した作品で、昨年はこまつ座で、内野聖陽主演により上演された。梓さんはその舞台を見に行かれたのであろうか。芝居への行き帰りに時雨に遭ったのか、劇そのものに時雨の侘しさを見たのか、いずれにせよ、時雨の季語がよく似合う作品である。
マッカーサーズスイート秋の灯がともる 松本 義昭
横浜のホテルニューグランドは昭和二年、主に海外からの富裕層をターゲットとして開業したが、昭和二十年の敗戦とともに進駐軍に接収された。連合国軍最高司令官D・マッカーサーは、昭和二十年八月三十日に厚木飛行場に降り立ち、声明文を読み上げた後、すぐさまこのホテルに移動した。彼が泊まった三一五号室はそれ以来、マッカーサーズスイートと呼ばれ、彼が実際に使ったライティングデスクとイスが今も大切に残されている。
義昭さんがホテルを見上げると、その部屋に秋灯がついており、様々な思いが走馬灯のように廻ったのである。
純白のダリア南極白瀬の名 小林よしゑ
薔薇園に行くと「プリンセスミチコ」「プリンセスマサコ」など皇室に由来する品種名のバラをよく目にする。谷津薔薇園には有馬朗人先生もかつて見つけて喜ばれた「スウィートアキト」という薔薇があるが、その命名は作出者(その品種を作り出した人)が自由に名付けられるのだそうだ。
ダリアの命名権も多分同様だろうが、付けられる名前は薔薇よりも大らかで、「序曲」「優萌」などのほか、「浮気な雨」などというのもあるそうだ。そして、とある純白ダリアには、明治時代の南極探検家白瀬中尉の名前が付けられている。白瀬の白、南極の白、そして明治四十五年に彼が日の丸を立てて日本領土と宣言した「
浄土にも落暉あるらむ曼珠沙華 大谷 忠美
落暉は沈む日のこと。すると、落暉の後には漆黒の夜が来るのが必然だが、それはあくまでこの世のことで、果たして極楽浄土にも同様な事象が生ずるのだろうか。で、浄土真宗門徒の私の聞きかじりの智恵で申し上げれば、極楽浄土は阿弥陀如来の無量光(智慧と慈悲の光)によって常に明るく照らされているので暗闇はない、ということはすなわち、落暉もないということになるのではなかろうか。
曼珠沙華は山口誓子に(突き抜けて天上の紺曼珠沙華)とあるように、いかにもあの世との縁を思わせる花なので、この句に配したのは肯定出来る。
我が骸竜胆添へて荼毘すべし 福田 誠治
他の投句から、つい最近、定年を迎えられたことがわかる。と言っても、私なんかよりずいぶんお若いから、打ち沈むような齢ではないはずだが、それでも、一つの区切りをつけた感慨は一入であろう。来し方行く末に思いを巡らせる中、ふと死後のことを考えてみたのである。竜胆がお好きな花なのであろうか、私も(我れ死なば桔梗の庭に魂遊び)という、好きな花を使って句を作ったことがある。
こんな風に、死後の荼毘の仕方を伝えることも、辞世句を作ることとともに、俳句における終活と言えるだろう。
分別の袋に迷ふ桐一葉 梅田 弘祠
私も今一人暮らしなので、ゴミの分別に苦闘している。ビン・缶はまだしも、ペットボトルとプラスチックボトルの区別がわかりづらいし、ペットからプラスチックラベルとキャップは外さなければならない。スプレー缶はガス抜きが必須だし、紙類は新聞紙と段ボールとその他雑紙を分け、食用油は生ごみとは別で云々。一度出したごみ袋が、管理人により、部屋の前まで突き返されたこともある。
一葉ずつふわりと散っていく桐の葉に天下の秋を知るのだが、そうした感慨に浸りつつも、ごみの分別を間違えないようにすることも肝要だという、俳味ある一句。
やせ腕のほどこし喰らへ残んの蚊 岡崎志昴女
今年の夏は暑すぎて、蚊はあまりいなかったが、涼しくなって俄然、活動が活発になった。残された時間は少なく、頑張って血を吸い、交尾して、子孫を残さなければならない。残んの蚊とは懸命に生きる彼らへの呼びかけの名である。
蚊が自分の腕に来た。いつもなら間髪を入れずに打つところだが、彼らの哀れに思いが行って手が止まり、捨身飼虎さながらに、頑張る蚊にわが血を惜しげもなく施しやることとしたのである。
草野球応援しつつ栗拾ふ 櫻田 千空
大谷選手の活躍で、野球ファンの目はどうしても大リーグに向きがちだが、日本のプロ野球も頑張っているし、社会人野球や大学野球、そして何と言っても甲子園を目指す高校野球から目が離せない。リトルリーグなんていうのもある。そんな野球ヒエラルキーの中で、草野球はどこか長閑で牧歌的な雰囲気を漂わせている。エラーは日常茶飯事、ランニングホームランでダイヤモンドを一気に駆け抜けようものなら、心臓パクパクで翌日の仕事はお休みだ。応援する方も気楽。広場の回りに栗の木でもあれば、試合そっちのけで栗拾い。のどかな光景である。
背表紙を補修の辞書や秋深し 内山 美代
長年使ってきた辞書の背表紙が経年劣化で擦り切れてしまった。しかし、買い替えることも、ましてや電子辞書やスマホに替えることもせず、補修して使っているのである。秋深き夕べ、長年世話になっている辞書を対象に一句詠んで、感謝の意をささげたのだ。
私の手元に今、大事に使っている角川書店編『合本俳句歳時記』(平成三年第三十二版)があるが、背表紙をガムテープで補修している。愛着深く、手放すことは考えてはいない。
秋の夜のコップの上の箸の橋 松崎 玲(小三)
箸をコップの上に置いたら、それが橋のようだとひらめいた一句。秋の夜長のちょっとした気づきだが、箸と橋に掛言葉があり、句の中で助詞は「の」しか使ってないので、対象(箸)に向かって視線が集まっていく効果がある。期せずしてなかなかの技巧派。
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