天為俳句会
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十人十色2026年3月 天野 小石選

    冬灯くぐる暖簾を決めにけり     伊藤 正規

  旅先など知らない町で一杯やろうと思って入る店にはいつも悩まされる。うろうろしながら、何となく良さげな店を探るのだが、私はどうも飲食店に関して勘が利かないようで、大体周りの人を頼っている。経験値もあるだろうが、勘の利く人というのも本当にいて、先ず外れは無い。正規さんもそのタイプだろうか。「今夜はこの店にしよう」と即決して暖簾をくぐる。カウンター席に座るまでの姿が見えてくるようだ。
  正規さんは現在長野県茅野市に赴任されている。茅野の冬は雪は少ないが、寒さは厳しい。うろうろしている場合ではない。さっさと店を決めて入らねば。そこに見えた店の灯。掲句はその「冬灯」の温もりをしみじみと感じさせる佳句である。早く冷えた体を熱燗で暖めて下さい。

    筆のおとひそかにひびく星月夜    藤木 有紀

  同時発表の作品も全て書に関する俳句であり、有紀さんは書家か、書をよくされる方と思われる。秋の夜、一人静かに墨を磨り心を整えてゆく。そして全精神を集中して紙に向かい筆を運ぶ。厳かな瞬間が描かれている。「筆」と「星月夜」以外、全て仮名文字で表記されていることから、書も柔らかく雅なかなの書を思い浮かべる。
  星月夜は月のない星だけが煌めく秋の夜のこと。平安の世であれば月明かりで書をしたためる景を想像するが、星明かりだけで書く夜もあったであろう。何れにしても源氏物語の世界を蘇らせたような美しい一句である。有紀さんの姿に紫式部を重ねてしまうのは私だけではないだろう。いつも俳句の染筆を頼まれては逃げている私にとって、書は憧れである。

    のら猫に結ぶリボンや聖誕祭     嶋田 香里

  クリスマスに現れたのら猫にリボンを結んであげた。のら猫と言っても人慣れしているので、所謂地域猫であろう。動物愛護の観点からいえば少々問題があるが、人としてとても優しい行為だと思う。寒さの増すクリスマスなら尚のこと。
  クリスマスにまつわる物語は沢山あり、「クリスマスキャロル」や「フランダースの犬」、「マッチ売りの少女」など、多くの人の胸を打ってきた。子供の頃親しんだそれらの物語は大人になっても人の心に優しさを運んで来る。余談だが、昨年末私の実家の庭木の根元に一匹の狸が蹲っていた。負傷していて動けない。せめてもと思いパンなどを与え二三日様子を見ていたが、とうとうクリスマスイブの夜に昇天してしまった。まるでパトラッシュの様だったと、後から兄に聞いた。

    出囃子のゆつくりと鳴る寒さかな   中川 雅司

  落語にはそれほど詳しくないが、テレビなどでも出囃子を聴くことはよくある。噺家により出囃子は決まっていて、出囃子が鳴れば次の登場者が分かるという。「ゆつくりと鳴る」のは誰の出囃子か、調べてみるのも面白そうだ。最近は落語家だけでなくお笑い芸人も、それぞれ出囃子を使うらしい。
それにしてもこの「寒さ」とはどのような寒さであろうか。同時発表句に「見納めの人情噺冬の雷」とあり、この高座が今年最後となる噺家か、聴きに行くのが最後となる雅司さんか、何か深い思いがあるのでは。してみれば「ゆつくりと鳴る」は心象的な「ゆつくり」であり、だから寒いのではないか。

    何もかも雪となるまで鵙の贄     阿部 朋子

  以前にもご紹介したが、朋子さんは福井県にお住まい。先日も大変な大雪に見舞われたのをニュースで見たが、被害のあった福井の皆様にお見舞いを申し上げたい。掲句はそんな越前の冬を、厳しくも美しく捉えた一句。
  鵙の贄は秋の季題だが、この句の主題は雪。秋に木の枝にあった鵙の贄が放置されたまま、いつしか雪が降り初め辺り一面を覆ってゆく。その最後に、贄となって命を終えた生き物も漸く雪に包まれこの世界から姿を消す。あらゆるものの形を覆う雪は、限りなく純白。もう三十年近く前だが、新潟県小千谷出身の天為同人、角川俳句賞受賞者の阿部静雄さんの詠んだ「故郷やものの形に雪積り」の一句を思い出した。

    酒美しこぞりて杯を青邨忌      櫛橋 浩子

  本年一月の天為新年交流会の句会で特選を得られた作品。日原傳先生から「山口青邨先生の句に<火美し酒美しやあたためむ>という句があり、恐らくその句を踏まえて『酒美し』という言葉は生まれたのではないでしょうか」と講評されている。だからこそ句が厚みを持ったとも述べられている。それに付け加えるなら「こぞりて杯を」の勢いの良さである。十二月は青邨先生、朗人先生が亡くなられた月であり、また一年の終わりでもある。様々な感慨をそれぞれが持ち、一斉に杯を掲げる。生きていればこその美酒に感謝しつつ、一年を終える。そんな年の瀬を迎えられたなら何よりである。

    大石も踏みしか仮寓居の落葉     森木 方美

  作者の方美さんは兵庫県赤穂市にお住まいで、この大石は当然内蔵助のこと。赤穂には内蔵助が赤穂城開城の残務整理をする元禄十四年五月七日から山科へ移る六月二十五日までの間、家族と共に住んだ寓居が残されており、「おせど」と呼ばれている。そこを訪れて落葉を踏んだときに浮かび上がった一句であろう。内蔵助の無念が実感を伴って伝わってくる。
  兵庫には「赤穂塩屋句会」があり、長きにわたって天為を支えて下さっている。編集部でも原稿のご執筆などで大変お世話になってきた。この場を借りて感謝申し上げたい。是非一度吟行に訪れたいと思いつつ、長年果たせずにいる。

    帰り花喜寿の腹筋スクワット     冨士原博美

  若々しさ溢れる一句。また喜寿のお祝いに相応しい華やいだ作品。そして季語の「帰り花」が動かない。加えてリズムの良さも申し分なし。
  やらなければやらなければと思いつつ、ついサボってしまう筋トレ。私自身、以前は筋トレが苦にならないタイプだったのに、近年相次ぐ怪我で怠けてしまっている。この句に出会ったことを機会に、また筋トレに励みたいと思う。

    寒肥やへその緒ねぢれつつ月へ    椋 あくた

  あくたさんの季語の飛ばし方は独特である。一見関係性がないと思われる言葉で一句を仕立ててくる。なので鑑賞する方としても、ある意味勝手に解釈してみる。
  寒肥は春育つ野菜などのために大地に撒く肥料。へその緒は生命であり宇宙と結びつく。この句が表しているのは大地と宇宙と生命、と言うことになろうか。ただ言葉の選択が荒削りなところが否めなく、今一度吟味して、オリジナルな俳句を追求して欲しい。

    年用意座卓に並ぶ輪島塗り      平澤 晶子

  能登半島地震が起きてから二年が経ったが、震災の爪痕はまだまだ深い。輪島塗の工房の復活を心より願っている。
  新年を言祝ぐために輪島塗を卓に並べている。一家の正月の様子が窺える。輪島塗は高級品だが、骨董市などでは状態の良いものが手に入りやすい価格で売られていてお奨めする。

      <小中学生の部>

    円まどにもみじの見える明月院    松崎  玲

    知恩院七つの不思議冬からす     荒川麻梨子

  小学生二人の作品。明月院は北鎌倉、知恩院は京都東山を吟行して詠んだ句。小学生にしては渋いけど、それぞれ訪ねた寺の特徴をしっかり捉えている。

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