天為俳句会
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十人十色2026年7月 天野 小石選

    四萬部寺出で長き遍路の始まりぬ   千島 文得

  秩父三十四カ所観音霊場巡りの一番札所が四萬部寺であり、今年は十二年に一度の午年総開帳が行われています。普段は見ることの出来ない御本尊を拝観する貴重な機会です。秩父支部の皆様は、今回この四萬部寺の御開帳に合わせて吟行会を行ったようです。参加者の皆様の多くが御開帳の俳句を詠まれているのを天為集を読んでいて分かりました。その中でこの文得さんの作品を巻頭に選んだのは、「長き遍路の始まりぬ」に改めてお遍路の意義や奥深さを考えさせられたからです。私も年に数回秩父を訪れているのですが、一番四萬部寺、二番真福寺の後、順序通りに巡ることが出来ないでいます。御朱印も頂いていないので、一体何処の札所をお参りしたのか、もう定かでなくなってしまいました。

    弥撒侍者は少女の白き日曜日     森  幸子

  作者の幸子さんは長崎にお住まい。カトリック教会が身近にあるのだと思います。「白き日曜日」とは、復活祭のあとの最初の日曜日のことで、復活祭で洗礼を受けると司祭から白衣を与えられ、一週間後の土曜にそれを脱ぎ、翌日の日曜から平服となります。「白衣の主日」「低き主日」「白衣の土曜」などの傍題もあります。カトリックの信仰を知らないと、中々詠めない季語の一つ。「弥撒侍者」は弥撒において司祭を補佐する奉仕者で、古くは白い衣を着た男の子が務めていたそうですが、現在では男女問わないようです。カトリック教会の厳かな弥撒の様子を詠まれていて神聖な一句であり、長崎の歴史や風土をも感じさせます。教会の佇まいや鐘の音、賛美歌まで聞こえてきそうな佳句です。

    稚児大師桜吹雪の只中に       宮本あき子

  「稚児大師」は弘法大師空海の幼少の頃のお姿で、聡明で愛らしい絵や像が祀られています。高野山で弘法大師の誕生日である六月十五日に行われる青葉まつりの稚児大師が有名ですが、この句は仏生会にお参りした稚児大師を詠まれたようです。世田谷区の等々力不動尊には稚児大師像が祀られており、仏生会に行った際、桜吹雪の中、大師像を参拝されたのでしょう。蓮華座に座り、唇がほのかに赤い幼き大師像と桜吹雪の取り合わせが美しく、穏やかな世界を描き出しています。昔読んだヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』の、幼き頃の釈迦の姿が思い浮かんできました。

    搦めとる天の群青いかのぼり     嶋田 香里

  とてもスケールの大きな一句です。読み下したときのリズム感も冴えています。凧ではなく「いかのぼり」としたことも効いています。何故なら「いかのぼり」から生きた烏賊の白さを想像し、天の群青との対比が鮮明だからです。まるで海で泳いでいる烏賊が海の青さを足で搦めているような景が浮かんできます。空に揚げる凧について、蛸が由来か烏賊が由来か、地域によるようです。元は紙鳶ですが、各地で「たこ」になったり「いか」になったり、様々な呼び方があります。歳時記に詳しく書かれていますので、数ある「凧」の傍題から何を使うか考えてみては如何でしょう。

    薬園の大帽子花ぞくぞくと      我妻千代子

  千代子さんは宮城蔵王にお住まいです。投句葉書に「蔵王薬草園として我が家で薬草を栽培しています。大帽子花は露草の変種で、夏に涼しげなフリルのついた花を咲かせ、糖尿病に薬効があるそうです」と記して下さいました。蔵王連峰を間近に、鮮やかな青い花を咲かせている薬草園を想像するだけでリフレッシュできます。私にとって蔵王は、スキーと樹氷と温泉、夏に行った山頂のお釜の碧さと、美しい印象ばかりです。そこに今回千代子さんの薬草園が加わりました。是非一度お訪ねしたいと思います。宮城支部の皆様ともお目にかかれるよう願っております。

    竜天に登る復元近き城        當間タケ子

  作者は沖縄在住。首里城の美しさを竜が天に登る姿に重ねつつ、城の復元を心待ちにされています。私が首里城を始めて訪れたのは一九九一年の春で、当時は石垣の復元工事がされている時でした。戦後四十五年が経過し、漸く石垣の復元に着手している最中でした。後に正殿の復元が完成し、天為同人総会で訪れた年に琉球王朝時代の城の姿を見て感動しました。二〇一九年、火災で焼け落ちるニュースを見たときは、胸が苦しくなったことを覚えています。今年十一月、再び首里城が再建され、それに合わせて俳句大会が行われます。天為同人の太田幸子さんが事務局長をされるので、是非投句して下さい。

    花蜜に蝶の螺旋のほどけゆく     中川 雅司

  花密とは花の成分で、昆虫などを呼び寄せる働きをします。幼い頃、サルビアの花心を吸った記憶がありますが、あれが花蜜だったのでしょう。その花蜜に吸い寄せられた蝶たちの集まる様子を「螺旋のほどけゆく」と美しく表現したところが秀逸です。数匹の蝶が上に下に戯れながら舞うような、その羽の彩りの幻想性まで想像させる一句です。

    行く春の淡紫の鮫小紋        前定やよい

  鮫小紋は江戸時代より大変格式の高い染物とされています。武士の裃などに用いられる染物の一つです。戦後茶道華道の決め事もあってか、着物の格付けがなされ、一般的に小紋は普段着でフォーマルな席には出られないとされています。でも鮫小紋は一つ紋を入れれば別だそうです。やよいさんはこの春、何か改まった席に鮫小紋を着て行かれたのでしょうか。特別に華やいだ気持ちが感じられる一句です。

    抹茶入りクロワッサンや聖五月    櫻田 千空

  抹茶味の食品は、日本でも海外でも人気があるようです。色彩的にも美しく、ほのかなお茶の香りも上品です。焼き立てのクロワッサンならばなお、小麦粉とバターの香りに相俟って、お茶の香りが際立つでしょう。和洋折衷から生まれた食品の一つです。五月の爽やかな朝、このクロワッサンとカフェオレで、何気ない一日が始まるのも気持ち良いでしょう。それこそ昭和の時代では味わえなかった洒落た生活の一風景を切り取りました。

    春雨や医者のかはりの撫で仏     小林よしゑ

  全国各地に撫で仏や撫で牛などが祀られています。私も巣鴨のとげぬき地蔵や新井薬師のお願い地蔵尊など、お参りに行けば自然と撫でています。撫でずにはいられない、人を引き寄せる何かが宿っているのでしょう。折しも春の雨に濡れた撫で仏は参拝者の心に優しく馴染み、慈愛を感じさせてくれます。気持ちを穏やかにさせてくれる一句となりました。

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