天為俳句会
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十人十色2026年10月 福永 法弘選

   夏めくや女手流るる藤村詩        藤木 有紀

 もともとの日本に文字はなく、中国から伝わった漢字を使って書き表そうと工夫されたのが万葉仮名で、楷書か行書で書かれ、このスタイルを男手という。やがて草書体が生まれ、それが崩れて生まれたのが草仮名で、それがさらに柔らかく崩れて生まれたのが平仮名で、これが女手。と、難しい理屈はあるが、要は女性的な柔らかい書体と捉えればよかろう。  
  この女手の書体で島崎藤村の詩を認めたという句。藤村は漢詩でも和歌でも俳句でもない、日本にそれまでなかった西洋の息吹を感じさせる新体詩の創始者で、「若菜集」の自序で次のように書く。「遂に新しき詩歌の時は來りぬ。そはうつくしき曙のごとくなりき。(略)うらわかき想像は長き眠りより覺めて、民俗の言葉を飾れり。」
  さて、女手で流れるように書かれた詩は『初恋』か、それとも『小諸なる古城のほとり』だろうか。

     蒟蒻の若木踏ん張る炎暑かな       金子 博美

 こんにゃくは東南アジア原産のサトイモ科の多年生植物で、生き子こと呼ばれる種芋の植え付けから収穫まで、三年の月日を要し、しかも、寒さに弱いため冬場に球根が腐らないよう春に植えて秋に掘り出し、冬場は貯蔵して翌春にまた植えるという、手間ひまの掛かる根菜。市販される製品の形から地中で育った芋の姿を想像することは難しく、同様に畑で育つ姿を知る人も少ないだろうが、木ともまがうほどの太い茎を高く伸ばして花をつける。
  地球温暖化の影響からか、日本の夏は炎暑、酷暑が常態化しつつあり、人間だけでなく蒟蒻も、生きて行くには辛い環境下、なんとか踏ん張っているのである。

    夏の島イビサは恋の坩堝なる       織戸 弥生

 イビサ島はバルセロナから空路一時間ほどの距離にある大西洋の小島。古代ローマ時代からの歴史と文化を有し、また、ターコイズブルーの美しい海、ラムサール条約に登録された豊かな湿地などの自然に恵まれた島でもある。だが、イビサ島をもっとも有名にしたものは、第二次大戦後に、この島がヒッピーの聖地として、世界中から若者が流れ込んだことによる。そして、リラックスしたトロピカルな雰囲気や黄昏時のメランコリックなムードを重視する独自のダンスミュージック「バレアリック」が生まれ、「パーティーアイランド」と呼ばれるまでに若いエネルギー溢れる島になった。
  若者が集まり、パーティーで盛り上がれば恋が生まれる。恋の坩堝とは実に的確な表現。

    秋野不矩サリーに捌く裸足かな      田中  梓

 秋野不矩は静岡県出身の女流日本画家。京都の美術学校で教鞭をとる傍ら、五十代で離婚後にインドに赴任し、以後はインドに魅せられ、インドを主題とした作品を多く描いて昭和・平成画壇で活躍した。郷里の天竜市(合併により現在は浜松市)に生前、秋野不矩美術館が建てられており、その作品の多くを見ることができる。この美術館は、建築家藤森照信の設計によるもので、自然素材を生かし、特に地元の天竜杉を多く取り入れている。また、不矩作品の清浄さをより味わえるよう、鑑賞者には靴を脱いで「裸足になる」ことを求めるコンセプトとなっている。
 サリーに捌くの一語で、インドに魅せられた不矩の画家人生を見事に表し、裸足の季語を配したことで、不矩作品の清浄さを感じさせる巧みな仕掛けの句になっている。

   七色の八重干瀬やびしを統べる赤き鱏    森  幸子

 八重干瀬は宮古列島池間島の北側に、南北十七キロ、東西七キロ弱に渡って広がる日本最大の卓状サンゴ礁群で、ダイビングの聖地である。
  八重干瀬の美しさを散文で表現するには百万言をも要するだろうが、ここでは七色というたった一語で実に端的に表している。この凝縮、省略こそが俳句の妙である。鱏は体長一メートルから二メートルにもなる平たい魚で、夏が特に美味しいとされている。七色のサンゴ礁をゆったりと泳ぐ大きな赤鱏。まるで竜宮城で舞を見ているような光景だ。

   薔薇園に喜びもあり疲れあり       加茂 智子

 他の投句から察するに、どうやら体調を崩されて療養中のご様子である。そうした日々の中、気分転換も大事と、おそらくはご主人に連れられて、薔薇園に行かれたのである。
 薔薇園の魅力は、単に花を鑑賞するだけでなく、香りや色、形の多様性を楽しめる点。香りを嗅げば心がリラックスし、色も形も様々、しばし憂さも辛さも忘れられる喜びがある。だが一方で、広い園内を動き回るにはそれなりの体力がいる。健康が回復したら、改めてゆっくり、薔薇園の吟行をお楽しみください。

   雲海やマシュマロ溶けてカフェオレに   鈴木 彌生

 マシュマロコーヒーを作るのはとても簡単。ブラックコーヒーにただマシュマロを浮かせるだけ。熱くて苦いブラックコーヒーが、柔らかなマシュマロの力によって、見た目がカフェオレに近い、ハイブリッドな飲み物に変わるのである。
 配した季語が雲海なのも、マシュマロが熱いコーヒーの上で少しずつ溶けていく様が見えて秀逸。硬派な男子が女子の魅力に負けてメロメロになっていく感じすらする。

   又の名を蛇崩れの水田水沸く       椋 あくた

 蛇崩川は昔、渋谷から目黒にかけて流れていたが、今は埋め立てられ、一部が蛇崩緑道として名を遺すのみ。区画整理や統合などにより、蛇崩という地名は無くなった。その名の由来は、土手が崩れて大蛇が転がり出たなどと諸説あるが、おそらく蛇行して流れる川だったのだろう。かつてその川沿いには田んぼが広がり、豊かな田園風景だったと伝わるが、今その面影は全くない。
 句は目前の景色ではなく、はるか昔を思い浮かべているのである。時間を超えた光景が描けるのも俳句の魅力。

   穴太衆石の声聴き秋を聴き        川野  恵

 穴太衆は安土桃山時代から活躍した石工集団で、信長の安土城の石垣を築いて以後、各地の大名にその技術を買われ、城や街づくりなど様々な石垣作りに重宝された。穴太の地は比叡山山麓にあるが、元々は古墳時代に朝鮮半島から渡来して古墳築造などを行った石工の末裔であるという。
  石垣の築造には時間がかかる。故郷を離れて遠隔の地で工事に従事することは、今的には単身赴任に通じるものがあり、腕を買われての名誉なことだとはいえ、家族への思いが募ることもあったであろう。石の声を聴きながら正確に作業を進め、秋の声を聴いて望郷の思いを募らせるのである。

     皐月富士登りてみたき卒寿かな      泉洞 玄為

 玄為さんは卒寿。九十歳である。その希望は富士山への登山。皐月の美しい富士を見ながら、改めてその思いを一句にされたのである。  
 調べてみると、富士登山の最年長記録は昨年更新され、百二歳の男性。ちなみに女性の最年長は九十九歳。で、七十歳の私はまだ登ったことがない。多分この先も登らないだろう。


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