半年も経ての訃報や九月尽 土屋 尚
個別に名前を出して恐縮だが、天為の古い同人で、角川俳句賞受賞作家の阿部静雄さんが今年の春先、亡くなった。知ったのは数か月後のことだった。東京を引き払い、天為も俳人協会も退会し、故郷に戻られた後の音信が絶えて久しいので、致し方ないのかも知れないが、一抹の寂しさは拭えない。(法弘)
コロナ禍を理由に昨今の葬送は親族のみで修する。心残りで納骨後のお墓にお別れをいいました(勢津子)
旭
この町を思ひ出すとき萩の花 てつお
転勤族として、いろんな町に暮らし、そして次に移る。町を去った後、懐かしく思い出すことがあろうが、今去ろうとしているこの町は、咲き誇っている萩の花の記憶として思い出すだろうという句。これが男女間ならこうだ。「海市あり別れて匂ふ男あり (秦夕美)」 (法弘)
恭子
大空に大きな余白鷹渡る 金子正治
大空だけでも十分に広さを感じる語なのに、それを更に大きな余白と畳みかけたところが素晴らしい着眼点。その余白に、鷹がこれから思う存分の飛跡を描くのだ。(法弘)
大空に大きな余白と言う表現がうまい(眞五)
私は伊良湖で鷹柱を見たことがありますが、大空に鷹が渡って行く様子が浮かんできます、(貞郎)
鷹に目を止めて、初めて空の大きさに打たれる作者。(典子)
紀美子
かりがねや碑文に駅の終焉記 三好万記子
国鉄民営化以後、地方ローカル線は次々廃止になり、それにともなって、廃駅、捨て駅舎が続出し、地方の衰退は目を覆うばかりだ。かつてこの町が鉄道とともにいかにして繁栄し、賑わったかを、せめて碑文に残す。(法弘)
廃線の駅と、かりがねの句材の取り合わせが豊富(豊)
去りしものへの哀愁が伝わってくる(光男)
由緒ある駅だったのでしょう。季語が効いていると思いました。(泰山木)
子の頃の時の長さよ鉦叩 土屋香誉子
子供のころは時間の経つのが遅かった。それが、還暦も過ぎた頃から、時が駆け足で進み、残り時間が減っていくのがなんとも早いことか。時間が長いと感じるか短いと感じるかは、過ごしてきた時間の長さに反比例するという説がある。同じ1時間でも、10歳の子は、1時間/10年 と感じるのに対して、80年生きてきた人は、1時間/80年 と感じるのだそうだ。つまり、10歳と80歳とでは、8倍も長く(または短く)感じるのである。鉦叩もまるで早鐘だ。(法弘)
思えばそうですね、あの独特の規則正しい鳴き声だからこその低重心に時の長さを生かされています。(伊葉)
眞登美・日記
小鳥来る使いつぱなしの竹箒 榑林匠子
使いっぱなしを非難しているように思える句だが、竹箒を使った後できちんと手入れするという話はあまり聞いたことがない。まあ、少しでも長く使うためには、同じ方ばかりに傾かないよう、逆向きにして掃きバランスよく減るのが大事だということだろう。 (法弘)
使用頻度の高い道具と季語の来る小鳥との対比を思いました。(順一)
椋鳥に戸袋取られ開かずの間 泰山木
加賀千代女の句に「あさがおに釣瓶取られてもらひ水」がある。椋鳥が戸袋の中で子育てを始めたのだ。くうくう、くうくうとうるさいことだろう。(法弘)
道代
秋爽や小人トムテの赤帽子 武井典子
トムテは、北欧の妖精。赤い帽子の小人で農家の守り神だが、気難しく、大事に扱わないといなくなるし、いたずらには仕返しをする。とはいっても、トムテに感謝の収穫の秋だ。(法弘)弟の刈田に熊と便りかな 武井悦子
食い溜めしなければいけない大事な冬眠前、山に餌が乏しくなると熊は人里に下りてくる。人と野生動物とが共存するそのギリギリの接点に弟さんの田んぼがある。(法弘)秋の鳥田圃の中を覗き込む 石川順一
田んぼに水がまだ張ってあるうちは、餌になる泥鰌やカエルなどがたくさんいたのに、秋になって水を落としてしまうともうそこには、餌になるような小動物はいない。未練たらたらの鳥たち。(法弘)秋扇や昭和史吾に重なりて 泰山木
私の句で恐縮だが「ちちははの旬なる昭和福寿草」というのがある。大正13年生まれで昭和63年に亡くなった父はその生涯が昭和とほとんど被る。この句の作者もまた、自分史が激動の昭和史と重なるという感慨の一句。(法弘)ティーコゼーカフェの窓辺に小鳥来る 合田智子
こだわりのあるカフェで紅茶を注文すると、布製のカバーを被せたティー・ポットが出てくる。あのお洒落なカバーがティーコゼーだ。用向きは保温のためだが、様々なデザインや素材の布地を使って手作りで楽しむことができ、優雅な午後を更に心地よいものにしてくれる。(法弘)
祖母がゐて母ゐて障子洗ひけり 今井温子
障子がある家、祖母と母がおられる家・・日本の良い伝統を感じます。(美穂)
懐かしい子供のころの記憶ですね。高齢になるにつれ、こうした記憶がよみがえります。(志昴女)
きっと娘さんもおられて女三代総出で賑やかに障子を張り替えられるのでしょう。(春野)
矍鑠としたお祖母さまの存在感が見えてきます。(憲史)
障子洗いは女の仕事と祖母は張り切り、その号令のもと手伝う母に子供の私も加わりたく、母のそばで何かしらウロウロしていたことを思い出した。(道代)
洗いけりと言い切ったところが良いと思います。(百り子)
日記 ・立哉・史子
海老芋の炊いたん暮れてゆく八坂 芥ゆかり
孝子
兵馬俑のごと群稲棒迫りくる 中村光男
道代
天高し駿馬は父の名を知らず 森野美穂
出生を知らぬお馬さんが頑張っていらっしゃる・・・余情を感じます(早・恵美子)
父親は名馬だったのかも知れません。でも、駿馬はそんなこと一切知らないまま天心爛漫に成長していきます。(てつお)
青く澄み渡った北の大地と駿馬の姿 大らかさに感動しました(温子)
玲奈・夏江・恭子・立哉・史子・礼子
ポンポンダリアおしやべりな女の子 長濱武夫
ポンポンダリアの花の形や名前の響きから元気で明るい女の子がぱっと浮かんできます。(ゆかり)
香誉子
母の忌や額紫陽花の帰り花 西脇はま子
悦子
汀女忌やリバーシブルのエコバッグ 木村史子
汀女が今もいたら、便利で環境に優しい、こんなバッグを持っていたのではないか。(典子)
那智子
花野にて万葉集と貞心尼 山根眞五
とりあわせのバランスがよいですね。(伊葉)
青葉城ふちどる水の澄みにけり 荒木那智子
ふちどる水は広瀬川。青葉城を巡り、仙台市内を貫き流れ海に至ります。昔は鮎が棲む清らかな川でした。(はま子)
情景が目に浮かぶようです、秋らしい一句(夏江)
秀平
実むらさき色の深むる絹の雨 松山芳彦
実むらさきは美しい色だが、その花に「絹の雨」が降っていることで、一層その色が美しくなっていく。「絹の雨」によって色が見えてくる。(桂一)
降りみ降らずみの時雨に紫式部の珠色が濃ゆくなりました(勢津子)
絹の雨がやさしく実むらさきに・・しっとりとした情景ですね。(佳久子)
手鞠
草の穂や仔犬と語り行く嫗 野口日記
由紀子・眞登美
海見えぬ島の教会小鳥来る 室 明
まだ行ったことのない、五島列島の山中の小教会であろうか。小鳥来るに作者の思いが込められている。(武夫)
匠子
秋うらら老手品師の手に造花 佐藤律子
派手な手品ではなく「手に造花」に思う地味な老手品師の手品、味わい深い句になりました。(孝雄)
老手品師は、人生の酸いも甘いも知っているという感じがします。秋うららと合っているように思いました。(美穂)
史子・立哉・三枝子
秋朝や声にも出して般若経 荒川勢津子
秀平
鶏頭にバンタム級とフライ級 青柳 飛
鶏には闘鶏があり、遊び心を感じた(眞五)
ボクシングの体重別階級のバンダム級、フライ級で鶏頭花を見事に一句に詠み上げた、見事さに圧倒されました。(はま子)
でっかい花とふわりとした触感をよく言い止めていらっしゃいます(早・恵美子)
結願へ白衣の歩み野菊晴れ 合田憲史
それぞれの結願を見守る道端の野菊のささやかさが沁みます。(ゆかり)
旭・玲奈
口紅をおちよぼに塗られ地蔵盆 芥ゆかり
三枝子
わが身より水の減りゆく曼珠沙華 熊谷佳久子
わが身も水のへり行くのも曼珠沙華なのに、実感ありすぎです。(玲子)
枯れるってそういうことなんですね。勉強になりました(早・恵美子)
水の減り行くと曼珠沙華の取り合わせが良いと思います。(百り子)
秋時雨撥ねのけ流る応援歌 児島春野
正治
十五夜の竜笛は師を呼び戻す 西脇はま子
十五夜に竜笛を吹いて師を呼び戻したいものだという心境にも同感です。(芳彦)
満月の夜、切に師を偲んでいるのが伝わる。竜笛で、どんな師だったかも想像できる。(典子)
温子
中天に月の暈あり猫走る 荒川勢津子
夏江
七草を揃へ万葉資料館 小栗百り子
七草を揃えてとても満足な気分になっているのだが、その気分が万葉人にも通っているように感じたのだろう。万葉まで遡る時間が今をより豊かにしてくれる。(桂一)
七草は生花かしら?押花かしら?(智子)
紀美子・正明
秋の夜の一人の客に弾くショパン 早川恵美子
一人の客は作者なのでしょうか。それともピアノを弾いたのは作者なのでしょうか。何れにしても深まりゆく秋の夜にショパンの曲は相応しい。(はま子)
心を込めて演奏するピアニストの姿が目に浮かびます。(泰山木)
コロナ禍で客が一人なのか、聴いてほしい一人の人を客と見立てたのか想像は広がります。曲はノクターンでしょうか…(律子)
由紀子・尚
狼を崇め秩父の風の色 浅井貞郎
秩父の宝登山にも小さな青い陶の狼の像が祭られていた。この句の風の色は何色だろうか。きっと寒々とした玄冬の色ではないだろうか。(武夫)
秩父には狼信仰があるらしい。風の色がいいです。(玲子)
秩父の昔から狼を崇める信仰心と季語がよく合っており、山間の地の質素な風情を醸し出しています。(相・恵美子)
楓・正明・那智子・匠子
ラ・カンパネラ聴く秋冷の窓辺かな 鈴木 楓
ラ・カンパネラを聴いている手には赤ワイン似合いそうだな、なんて。。。(飛)
うすらびや律の調べの詩仙堂 中川手鞠
しばらく行ってない秋の詩仙堂に誘われているようです。(玲子)
今朝の秋底より返す混ぜ御飯 片山孝子
底には美味しいお焦げがあるでしょう(眞五) 秋の味覚の「混ぜご飯」、母を偲びました。(孝雄)
茸も入っているかしら? 香りまで伝わってきました。(佳久子)
中七の措辞が沢山炊いた様子が感じられてよいです。(相・恵美子)
悦子
大陸へ渡りし家主白木槿 内村恭子
大陸へ渡りその後は・・・ノンフィクションか小説か家主のその後がすごく気になります。(ゆかり)
礼子
秋暑かな他人ごとみたく癌告知 今井温子
中七が上手い、深刻さを客観化している(光男)
他人ごとみたく、の表現に言葉にならないいろいろな思いをより感じました(律子)
告知の辛さを家族に見せまいとする気丈さ?(憲史)
朝市の売り切れごめん豊の秋 嶋田夏江
秋の味覚を売る活気ある朝市の様子が見えます。(智子)
書いてあったのかもしれないし、頻繁に言葉で言われたのかも知れません。(順一)
玲奈
熱の子の起きてシャリシャリ梨を食む 永井玲子
発熱して寝ていた子が、起きてシュリシャリ梨を食べている。シュリシャリという音からして、きっと元気を取り戻してくれたのだろう。子どもを見守る家族の思いがとてもよく伝わってくる。(桂一)
梨をシャリシャリ食べる元気があって、しかも起きて食べれてよかった!シャリシャリが効いています(律子)
孝子・香誉子
子規の忌の寄せ植ゑに咲く桔梗かな 小栗百り子
野の草花をこよなく愛した子規。桔梗の花の紫紺が際立って見えて来ます。(明)
金無垢の月を持ちあぐ五歳の子 原 豊
正治
諍ひの落し処や栗御飯 早川恵美子
栗御飯の賞味。すっきりと言い得て妙です。(ユリ子)
胃袋をつかんでいますね!! さぞかしおいしい栗ご飯でしょう(勢津子)
本当は仲が良いのだけれどついつい口争いをしてしまう母と娘。あるいは久しぶりに訪ねてきた姉が言いたい放題で頭に来た妹だが、炊き上がった栗ご飯で喧嘩を納め、いつもの和やかな食事が始まった。何故かそんな二人の女達の姿が浮かんだ1句。(飛)
紀美子
身に入むやゴッホ自画像目のうつろ 森山ユリ子
ゴッホの自画像の目がうつろだと気が付かれたところが素晴らしい。ゴッホは実際に心は虚ろであったと思いますが。(芳彦)
亡き夫と濃き一服を今朝の秋 片山孝子
季語とぴったりの亡き夫との朝の一服何故か心安らぐ光景(豊)
秋高し牧に流るる馬頭琴 石川由紀子
「秋高し」と馬頭琴の取り合わせによって馬頭琴の音色が牧の遙か彼方へ吸い込まれていくような気がします、(貞郎)
モンゴルの大草原で聴いた馬頭琴を思い出しました。(佳久子)
正明・春野
錆さらす柵をちからに山ぶだう 河野伊葉
由紀子
草じらみ付けて凱旋ズック靴 染葉三枝子
草じらみを付けて凱旋している様子に俳諧味がありよいです。(相・恵美子)
香誉子
柿紅葉白洲次郎のヴィンテージ 長濱武夫
”白洲次郎”と”ヴィンテージ”の取り合わせで、一層艶めきが醸し出されているのでは?(憲史)
透き通り蜻蛉化石となる良夜 中田秀平
蜻蛉が透き道り化石になってしまうような良夜であるという.そんな良夜に遭ってみたい。(芳彦)
秋の日差しの中を透けてゆく蜻蛉のイメージ。きれいですね。化石ですか。もッと軽やかな姿を想像してしまいました。(志昴女)
煌々とした月に永遠の命を貰った蜻蛉。ファンタジーを感じます。(博子)
刺し子刺す無心の夜の鉦叩 鈴木 楓
鉦叩が効いている。しんしんとふける秋の夜の情景が伝わってくる(光男)
無心になって刺子を刺している作者と、無心に鳴く鉦叩きが、夜の静けさを深めています。(明)
夜のしじまの中の無心。鉦叩きの音がきれいに聞こえてきます。(ユリ子)
手鞠
売られゆく牛磨かれて菊日和 熊谷佳久子
ドナドナを思い出します。(春野)
売った牛を磨くのか、売りに出す牛を磨くのか曖昧な感じと、「磨かれて」だと、見た景色になって作者の心持ちが間接的になりそうな感じがあって、ちょっと気になりました。(眞登美)
「菊日和」の下五が、まるで大切に育てた娘を嫁がせる日の心境に誘います。(てつお)
牛を手放す飼い主の心情が中7の「牛磨かれて」に込められていて季語「菊日和」が働いています、(貞郎)
旭・恭子・万記子・正治・那智子・匠子・手鞠・日記・礼子
翡翠のよぎりて雨の橋となり 明隅礼子
情緒ある一瞬の光景をうまく捉えた句だと思います。(泰山木)
そぼ降る雨にカワセミの翡翠色が一層映えて見えるようです。(明)
翡翠が雨を呼んできたのでしょうか?美しい調べです。(博子)
月光と忘れ去られし貝殻と 森野美穂
温子
今すべきことの逆算荻の声 榑林匠子
年を重ねて今すべきこと、しなくていいことをはっきりと選ぶようになりました。「逆算」という言葉が発見です。(万記子)
宵闇や秩父の山に老いにけり 浅井貞郎
尚・悦子
行く秋や口あく晋の武人俑 斎川玲奈
秀平
友遠し野の花の色みな淡し 森山ユリ子
見るものの色まで変えてしまう哀しさに共感しきりです。コロナ前の距離感に戻りたいものです。(博子)
拾つたら指から離れない蜻蛉 中田秀平
十七音の破調の句である。リズムは悪くとも、実体験の新鮮な感動が伝わって来る。(武夫)
英霊の墓は海向く紫苑咲く 合田智子
墓は戦地へ向いているのか。「向く」と「咲く」との動詞の重ねで句の引き締まりを感じる。(孝雄)
戦死者の御霊を思うとき、(空襲死者を含めて)もっと生きたかった、という叫びを聞きます。忘れてはいけませんが紫苑(忘れ草)が咲いてしまいました。(志昴女)
虫の音の搦め捕ったる天守閣 石川由紀子
虫の音を搦め捕ると言ふ奇抜な発想と天守閣との接点が面白い(豊)
さまざまな虫の鳴き声が聞こえてくるようです。(伊葉)
新蕎麦や洋書鞄にしまひたる 上脇立哉
漱石の姿を思い浮かべました。様々な物語を孕む句だと思います。(万記子)
蕎麦と洋書の距離感が絶妙です(てつお)
尚
錨泊の巨船色なき風の中 佐藤博子
我が街サンフランシスコのディナークルーズ船はコロナのせいでずっと船着き場に泊められたまま。色無き風の中で元気に声をあげているのは鴎くらい。この港はどこの港だろう。(飛)
大きな静かな景が浮かびます。色なき風の中の・・。(美穂)
枳殻の実ひとつ残し父逝けり 土屋 尚
楓
鷹渡る異国の空母沖に泊つ 牧野桂一
異国の空母は置きに停泊し、鷹は大空を渡ってゆく。対比に詩情があります。(ユリ子)
楓
夕日濃し河原の畑の秋茄子 染葉三枝子
河川が夕日を反射して秋茄子も美しく見えたのかもしれません。(順一)
つゆ草やひそやかに青灯したり 嶋田夏江
孝子
立岩の波はひかりに海猫帰る 髙橋紀美子
感慨深い風景です。(百り子)
青森の蕪島で見た景が鳴き声と一緒に見えてきます。(智子)
三枝子
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